韓国には「カンジャン」と呼ばれる伝統的な発酵醤油があります。大豆を発酵させて作られるこの調味料は、微生物のはたらきによって独特の風味や香りが生まれることが知られています。今回紹介する研究では、カンジャンの発酵に特定の酵母をあえて加えることで、発酵の進み方や香りにどのような変化が起こるのかが調べられました。

発酵食品の風味づくりには、乳酸菌や酵母などさまざまな微生物が関わっているとされますが、それぞれの微生物がどの段階でどのような役割を果たしているのかは、まだよくわかっていない部分も多いといいます。この研究は、カンジャンの発酵を科学的に紐解こうとする試みの一つといえそうです。

研究でわかったこと

研究チームは、カンジャンの発酵に欠かせない細菌である「Tetragenococcus halophilus(テトラゲノコッカス・ハロフィルス)」に加えて、「Debaryomyces hansenii(デバリオマイセス・ハンセニ)」「Wickerhamomyces anomalus(ウィッカーハモマイセス・アノマルス)」「Wickerhamiella versatilis(ウィッカーハミエラ・ベルサティリス)」という3種類の酵母を、単独または組み合わせで接種したカンジャンを複数バッチ用意し、発酵の様子を比較しました。

微生物の量を詳しく調べたところ、細菌であるT. halophilusが発酵初期の酸性化を担いながら菌叢の中心を占めており、一方で接種した酵母は少ない量で存在し続け、「ドェンジャンメジュ」と呼ばれる原料の塊を取り除いた後になってようやくはっきりと検出されるようになったと報告されています。

興味深いことに、酵母を加えても、pH(酸性・アルカリ性の度合い)や微生物群集全体の構成、主要な代謝物のプロファイルにはほとんど影響が見られなかったとされています。

ところが、香りのもととなる揮発性有機化合物(VOC)のプロファイルについては話が別で、酵母を接種したバッチは発酵の段階に応じて明確に異なる特徴を示したといいます。具体的には、Wi. versatilisは発酵60日目に、D. hanseniiは240日目に、より多様なVOCプロファイルと関連していたことが示されています。特にWi. versatilisは、菌としての存在量自体は少ないにもかかわらず、特徴的なVOCプロファイルと結びついていた点が注目されるとされています。

これらの結果から、研究チームは、それぞれの酵母が発酵の段階ごとに異なる役割を担っている可能性を示唆しており、高塩分環境であるカンジャン発酵において、香り(VOC)のプロファイルを狙って調整する手段として、特定の酵母を選んで用いる戦略が有効である可能性を指摘しています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

今回の内容は、特定の条件で行われた発酵実験に基づく知見であり、この一つの研究だけでカンジャンの発酵や風味形成のすべてが解明されたわけではありません。また、本記事で紹介したのはあくまで微生物群集や代謝物、香り成分に関する分析結果であり、健康への効果や効能を示すものではない点にもご留意ください。

まとめ

この研究では、カンジャンの発酵に酵母を加えても、pHや微生物群集全体、主要な代謝物には大きな変化が見られない一方で、香りに関わる揮発性有機化合物のプロファイルは酵母の種類や発酵段階によって明確に違いが出ることが示されました。今後、狙った風味づくりのために酵母を選んで使うという発酵デザインの可能性につながる知見といえそうです。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:酵母接種が韓国伝統発酵醤油「カンジャン」の微生物群集、代謝物、風味に与える影響(フード・ケミストリー:エックス・2026年07月)