妊娠中に何を食べるかは、おなかの赤ちゃんの発育や神経の発達に関わる大切な要素のひとつとされています。なかでも「脂肪の質」、とくにDHAやEPAといったn-3系脂肪酸、アラキドン酸(AA)などのn-6系脂肪酸のバランスは、母体から胎盤を経て胎児へと受け渡される重要な栄養情報です。ただし、住んでいる地域の食文化の違いが、この母体から胎児への脂肪酸の受け渡しにどう影響するのかについては、まだよくわかっていない部分が多いといいます。今回紹介する研究は、クロアチア国内の異なる3地域に注目し、妊婦の血液・胎盤・臍帯(へその緒)の血液という3つの場所の脂肪酸組成を同時に調べた多施設研究です。
研究でわかったこと
この研究は、クロアチアのオシエク(スラヴォニア地方)、ザグレブ(中央クロアチア)、スプリット(ダルマチア地方)という3つの地域で、選択的帝王切開を受けた健康な妊婦44人を対象に、2014年から2017年にかけて行われた前向き研究です。母体の静脈血清、胎盤組織、そして臍帯静脈血清のそれぞれについて、ガスクロマトグラフィーという手法で飽和脂肪酸・一価不飽和脂肪酸・多価不飽和脂肪酸(n-3系およびn-6系)の組成が測定され、地域間で比較されました。
結果として、母体血清中のDHA濃度・割合は、スプリットとザグレブの妊婦でオシエクの妊婦よりも有意に高いことが示されました。またAAとDHAの比(AA:DHA比)は、オシエクで最も高く、スプリットで最も低いという傾向がみられ、これは地域ごとの食事の違いを反映していると考察されています。臍帯静脈血清の総脂肪酸濃度は母体血清の値と強く相関していた(ρ = 0.71、P < 0.001)ものの、絶対量としては母体側より有意に低いことも報告されています。一方で、胎児側ではDHAやアラキドン酸の「相対的な割合」はむしろ高く、リノール酸の割合は低いという結果が得られており、胎盤が特定の脂肪酸を選んで通しているような、選択的な移行の存在が示唆されています。さらに胎盤組織そのものについても、DHAの割合はスプリットの妊婦で最も高く、アラキドン酸の濃度はオシエクで最も高いという地域差が確認されました。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
著者らは、魚介類を多く含む食生活が、妊娠中のより良好なDHA状態やAA:DHA比と関連していると述べ、伝統的に魚介類の摂取が少ない地域では、栄養指導やDHA・EPAのサプリメント摂取を検討する意義があるのではないかとまとめています。ただし、これは断定的な効果を証明したものではなく、あくまで地域間の観察に基づく報告である点には注意が必要です。対象はクロアチアの3地域・44人の妊婦に限られており、帝王切開を受けた方々が対象という条件もあります。この研究だけで結論が確定したわけではなく、今後さらに研究が積み重ねられていく必要があるテーマといえるでしょう。
まとめ
今回の研究では、クロアチア国内でも住む地域によって、妊婦の血液・胎盤・胎児側の脂肪酸組成に違いがあり、その背景に地域ごとの食事パターンがある可能性が示されました。魚介類をよく食べる地域ほどDHAの状態が良好である傾向がみられた一方、胎盤には脂肪酸を選んで届けるような働きがあることもうかがえます。妊娠中の食事と脂肪酸バランスというテーマについて、地域差という切り口から光を当てた興味深い報告といえそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:クロアチアにおける地域別食事パターンが妊娠中の母体・胎盤・胎児の脂肪酸プロファイルに及ぼす影響:多施設研究(フロンティアーズ・イン・ニュートリション・2026年08月)