この研究は、クロアチアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Plants
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
ウイキョウ(Foeniculum vulgare Mill.、フェンネル)は地中海地域を原産とするセリ科の芳香植物で、食用や伝統的な薬用として数千年にわたり利用されてきました。世界各地に広がり、さまざまな環境に適応していますが、著者らによれば、他の芳香植物に比べて環境ストレスへの生理・生化学的な応答についての研究は少ないままです。
乾燥(水不足)は、植物の生育や生存に影響する代表的なストレスの一つです。研究チームは、気候変動に伴って干ばつの頻度と強度が高まると見込まれるなか、植物が乾燥にどう応答するかを理解することの重要性を指摘しています。フェンネルについては、乾燥下で形やはたらきがどう変わるかを扱った研究はあるものの、その背後にある代謝物レベルの変化を網羅的に調べた研究は限られていました。
そこで本研究は、クロアチア由来の野生フェンネル11系統(アクセッション)を対象に、乾燥処理をしたときの生育の変化と、葉に含まれる代謝物の変化を同時に調べることを目的としています。ここでの「代謝物」とは、植物の体内でつくられる物質の総称で、生育や維持を支える中心的な物質を一次代謝物、防御やシグナル伝達などに関わる特化した物質を二次代謝物と呼びます。
何を調べたか
研究チームは、同一地域(クロアチア)で採集された11系統のフェンネルを、水が十分にある対照区と乾燥処理区の2条件で育てました。同じ地域の複数系統を比べることで、種のなかにどれだけ応答の幅があるのかを見ようとした設計です。
測定したのは大きく分けて二つです。一つは、葉・茎・全体の乾燥重量、乾物率、葉の面積・長さ・幅といった生育や形に関する指標。もう一つは、葉に含まれる代謝物で、一次代謝物78種類、二次代謝物55種類を定量しました。得られたデータは、系統の違い・処理の違い・その組み合わせの効果を分ける分散分析に加え、多数の物質のパターン全体から群を見分ける多変量解析(PLS-DA)や、代謝経路のどこが強く影響を受けたかを調べる経路解析によって整理されています。なお経路解析には、フェンネル専用の経路データベースが存在しないため、シロイヌナズナのものを用いたと著者らは明記し、フェンネル固有の経路が十分に反映されない可能性を限界として挙げています。
主な報告結果
生育面では、乾燥処理によってほぼすべての系統で葉と全体の乾燥重量が有意に低下し、葉の面積・長さ・幅も減少しました。葉の幅は平均で1.05 cmから0.94 cmへと約10.5%の減少で、他の葉の指標に比べると変化は小さめでした。一方、乾物率(乾燥重量が生重量に占める割合)は乾燥処理で平均約20%高くなっています。著者らはこれを、バイオマスが増えたのではなく組織の水分が減ったことの反映と解釈しています。系統ごとの差もみられ、葉面積や葉長の減少が大きかったのはIPT563、IPT567、IPT574、最も小さかったのはIPT572でした。
一次代謝物では、解析した78種類のうち63種類で有意な差がみられました。乾燥下では多くのアミノ酸が増加し、アスパラギンとアルギニンは20倍を超える増加が報告されています。増加が目立った物質としてほかにアラントイン、プロリン、そして植物ホルモンのインドール-3-酢酸が挙げられます。植物ホルモンは全般に増加し、なかでもアブシシン酸とインドール-3-酢酸の増加が大きいものでした。逆に減少したのはクエン酸、コハク酸、シキミ酸、2-ケトグルタル酸などで、2-ケトグルタル酸は対照条件の20分の1以下まで下がりました。また、酸化型グルタチオンが増え、還元型と酸化型の比(GSH/GSSG)が低下したことから、乾燥下で酸化ストレスが高まったと報告されています。経路解析では58の代謝物が48経路に対応づけられ、13経路で明確な集中(エンリッチメント)がみられ、なかでもアラニン・アスパラギン酸・グルタミン酸代謝が最も強く影響を受けた経路でした。
二次代謝物では、定量した55種類のうち45種類が、系統・処理・その組み合わせのいずれかで有意差を示しました。乾燥によって17種類が減少し、その多くは糖が結合したかたちのフラボノイド(配糖体)と、クロロゲン酸でした。一方で16種類は増加し、糖の結合していない遊離型のフラボノイド(ケルセチン、ケンフェロール)や、カフェ酸・フェルラ酸・シナピン酸といったヒドロキシケイ皮酸類が含まれます。増加幅が特に大きかったのは桂皮酸メチルエステル、カフェ酸、フェルラ酸で、減少が大きかったのはルテオリン-7-グルコシド、ダイジン、ポリダチンなどでした。もっとも量が多かった個別の物質はクロロゲン酸でした。著者らは、糖が結合した貯蔵型から遊離型への配分の変化を示すこのパターンについて、既存の配糖体が分解された可能性と、新たにつくられた遊離型がそのまま蓄積した可能性の両方が考えられ、1時点の濃度データだけでは区別できないと述べています。
この研究が示すこと
この研究は、乾燥下のフェンネルが単に生育を落とすだけでなく、体内の物質の配分を組み替えていることを、一次代謝物と二次代謝物の両面から示しました。著者らは、アブシシン酸の増加とTCA回路中間体の減少、アミノ酸の蓄積、遊離型フェノール化合物への傾きといった変化が、互いに独立した反応ではなく連係した応答である可能性を議論しています。
同時に、同じ地域から集めた11系統のあいだにも生育の落ち込み方や物質の応答に差があったことは、この種のなかに乾燥応答をめぐる多様性が残されていることを示しています。研究チームは、こうした野生系統の変異が、植物のストレス生物学の基礎的な理解にとっても、育種や保全にとっても意味を持つと位置づけています。
著者:Anja Batel(Department of Agriculture and Nutrition, Institute of Agriculture and Tourism, K. Hugues 8, 52440 Poreč, Croatia)、Nikola Major(Department of Agriculture and Nutrition, Institute of Agriculture and Tourism, K. Hugues 8, 52440 Poreč, Croatia)、Marta Anđelini(Department of Agriculture and Nutrition, Institute of Agriculture and Tourism, K. Hugues 8, 52440 Poreč, Croatia)、Nina Išić(Department of Agriculture and Nutrition, Institute of Agriculture and Tourism, K. Hugues 8, 52440 Poreč, Croatia)、Tvrtko Karlo Kovačević(Department of Agriculture and Nutrition, Institute of Agriculture and Tourism, K. Hugues 8, 52440 Poreč, Croatia)、Dean Ban(Department of Agriculture and Nutrition, Institute of Agriculture and Tourism, K. Hugues 8, 52440 Poreč, Croatia)、Igor Pasković(Department of Agriculture and Nutrition, Institute of Agriculture and Tourism, K. Hugues 8, 52440 Poreč, Croatia)、Smiljana Goreta Ban(Department of Agriculture and Nutrition, Institute of Agriculture and Tourism, K. Hugues 8, 52440 Poreč, Croatia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Anja Batel, Nikola Major, Marta Anđelini, et al. Ancient Herb, Modern Metabolomics: Primary and Secondary Metabolite Profiling of Wild Fennel (Foeniculum vulgare Mill.) Accessions Under Drought. Plants 2026-08-29. DOI: 10.3390/plants15172652. 原著ライセンス:CC BY.