湖や汽水域で夏場に大発生することがある藍藻(シアノバクテリア)の一種、Nodularia spumigenaは、これまで世界各地で犬や馬、羊、豚など多くの動物の死亡と関連づけられてきました。この藻が作り出す毒素「ノジュラリン」は魚介類にも蓄積することが知られており、気候変動によって藻の大発生が増えているとされる中、食品としての安全性をどう評価するかが課題となっています。ところが、ノジュラリンそのものの毒性データは乏しく、これまでは構造がよく似た別の毒素グループ「ミクロシスチン」のデータが代用されてきました。今回、ニュージーランドのAgResearch、Cawthron Institute、オーストラリアのタスマニア大学の研究者らが、マウスを用いてノジュラリンR(ノジュラリンの中で最も代表的な構造の一つ)の急性毒性を調べ、安全性評価の土台となるデータを示した研究を紹介します。

どのように毒性を調べたのか

研究チームはまず、ニュージーランドのWairewa/Lake Forsythで採取・凍結乾燥された藍藻のバイオマスから、ノジュラリンRを抽出・精製しました。HPLCやLC-MS、NMRといった分析手法で純度を確認したところ、ノジュラリンRの純度は96〜98%程度で、残る成分は毒性を持たないことが分かっている類縁物質「6Z-Adda-ノジュラリンR」でした。

毒性試験にはスイスアルビノ種のマウス(体重18〜22g)が使われ、OECDのガイドライン425(アップ・アンド・ダウン法)という、少ない動物数で半数致死量(LD50)を求める国際的な標準手法に沿って実施されました。投与経路は2種類です。一つは腹腔内注射、もう一つは今回新たに試みられた経口投与で、こちらはマウスが自らクリームチーズに毒素を混ぜた餌を食べる方式が採用されました。マウスは事前にクリームチーズを食べる訓練を受け、150mgの餌を30秒以内に食べきることを確認したうえで実験に用いられています。生存したマウスは14日間、体重や食欲、行動を観察したうえで解剖され、主要な臓器に異常がないかも確認されました。

研究で示された数値

腹腔内注射によるノジュラリンRのLD50は体重1kgあたり50µg(95%信頼区間43.7〜66.9µg/kg)でした。これは過去の報告と一致する値で、ミクロシスチンLR(構造が近い代表的なミクロシスチン)の腹腔内投与のLD50をモル数ベースで換算した値とも近いことが示されています。

今回初めて経口投与によるLD50も求められ、クリームチーズ経由での経口LD50は7.5mg/kg(95%信頼区間1.5〜8.8mg/kg)でした。これは既に報告されているミクロシスチンLRの経口LD50(10.9mg/kg)と近い値です。論文では、ミクロシスチンのこの数値が胃に直接管を通して投与する「強制経口投与(ガベージ)」で得られたものである点にも触れており、この方法は液体状の投与物が胃の内容物をすり抜けて速く吸収されるため、毒性を実際より高く見積もる可能性があると指摘されています。クリームチーズを自発的に食べさせる今回の方法は、そうした過大評価を避けられる利点があるとされています。

さらに、有害な影響が見られない上限の目安となる無毒性量(NOAEL)を求めるため、2.5・3.5・5mg/kgの3段階の用量でそれぞれ5匹(雌4匹・雄1匹)のマウスに投与する実験も行われました。5mg/kg群では3匹に軽い臨床症状が、3.5mg/kg群では2匹に軽度の症状が見られましたが、2.5mg/kg群では5匹とも症状がなく、14日間の観察期間中の食欲も正常でした。この結果から、経口投与によるノジュラリンRのNOAELは2.5mg/kgとされています。投与量が上がるにつれて、うずくまる姿勢や耳を後ろに倒す、目を閉じるといった症状が見られ、体重比の高い用量では死亡する個体もあったことも報告されています。

この研究の位置づけと注意点

著者らは、今回得られた急性毒性のデータからは、ノジュラリンの食品安全評価にミクロシスチンの毒性データを代用することは「妥当と考えられる」としています。ただし、これはあくまで一回きりの高用量ばく露を想定した急性毒性のデータであり、人が日常的に汚染された食品を繰り返し口にする状況を反映したものではありません。論文自身も、規制基準の算出にはむしろ反復投与(亜急性・亜慢性)試験のデータの方が重要だと述べており、今回の結果だけでは慢性的なばく露のリスクを評価できないとしています。そのため、今後はノジュラリンについて反復投与試験を行い、特に肝臓に対する影響(血液検査や組織の観察を含む)や、雌雄差の可能性についても検討する必要があると著者らは指摘しています。この研究はあくまで一つの実験室データであり、これをもって人への健康影響が確定したわけではない点には留意が必要です。

まとめ

今回の研究では、有毒藍藻Nodularia spumigenaが作るノジュラリンRについて、マウスを用いた腹腔内投与および経口投与(クリームチーズを使った自発摂取という新しい方法)による急性毒性の指標と、経口投与でのNOAELが示されました。得られた数値はミクロシスチンLRのものと近く、既存のミクロシスチンの安全性データを当面の目安として使う根拠を補強する結果と位置づけられていますが、著者らは反復投与による長期的な影響の検証が今後の課題であるとしています。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Sarah C. Finch, Craig Waugh, D. Tim Harwood, et al. Acute Toxicity and No Observable Adverse Effect Level of Nodularin-R in Mice. トキシンズ (2026). DOI: 10.3390/toxins18080336. 原著ライセンス: cc-by.