日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Journal of Dairy Science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

牛乳の成分分析には、フーリエ変換中赤外分光法(FT-MIR)という手法が世界的に広く使われています。試料を壊さずに素早く測れるため、脂肪・タンパク質・乳糖といった主要成分の測定に長く用いられてきましたが、近年は従来ガスクロマトグラフィー(GC)でしか調べられなかった脂肪酸の組成も予測できるようになってきました。

ただし、実務上は問題があります。予測モデルはメーカーの基準機で作られ、各地の検査所に置かれた別の装置へ移して使われます。装置ごとにスペクトルの応答や感度が異なるため、適切な補正をしないと系統的な予測の誤差が生じます。そこで用いられるのが「傾き・バイアス補正」(SBC)です。これは、補正用の少数のサンプルについて装置の予測値とGCによる実測値の関係を直線で表し、そのずれ(直線の傾きと切片)を後から差し引く方法で、数十年にわたり赤外分光で使われてきた実務的な手法です。

著者らは、このSBCの効き方が補正用サンプルの数や脂肪酸含量の幅だけで決まるのではなく、補正用サンプルが対象集団の「誤差の構造」をどれだけ代表しているかにも左右されるのではないか、と考えました。そこで、SBCの性能を評価し、誤差の出方が典型から外れるサンプルを除くことの影響を調べ、検査所が効率よく補正用サンプルを組む際の実務的な指針を導くことを目的としました。

調べ方と主な結果

著者らは、2021年から2023年にかけてホルスタイン牛から採取した生乳143点(個体乳92点、バルク乳51点)を用いました。各サンプルをFT-MIRで測定するとともに、GCで脂肪酸組成を基準値として分析しています。脂肪酸は、乳腺で新たに合成される「デノボ脂肪酸」、両方の由来をもつ「混合脂肪酸」、飼料や体脂肪に由来する「既成脂肪酸」の3群に分けて扱われました。

143点すべてを使った評価では、デノボ脂肪酸と混合脂肪酸は補正前からすでに精度が高く、平均値に対する誤差の割合(relRMSE)はそれぞれ4.46%、7.85%で、SBC後の改善はわずかでした。一方、既成脂肪酸は補正前のrelRMSEが17.6%と精度が低く、SBC後は5.81%まで大きく改善しました。著者らは、補正前の精度がすでに十分な場合はSBCの効果が限られるという先行研究の傾向と整合すると述べています。そのため、以降の検討は改善の余地が大きい既成脂肪酸に絞られました。

次に著者らは数値シミュレーションを行いました。143点を母集団とみなし、そこから3〜30点の補正用サブセットを各サイズについて10万回ランダムに選び、SBCを計算して143点全体の精度を評価します。あわせて、各サブセット内で誤差が平均からどれだけ外れているかを示す指標(相対差)を計算し、20〜90%のしきい値で外れたサンプルを除いてから補正をやり直す条件も比較しました。判定には、relRMSEが10%以下なら実用上許容できるという基準が使われています。

結果として、許容精度に達する試行の割合はサブセットが大きいほど概ね高くなり、中程度のしきい値によるサンプル除去でさらに改善しました。除去なしではn=3で0.688、n=7で0.933、n=10で0.974でしたが、40%のしきい値を適用すると同じサイズで0.715、0.958、0.991となりました。n=7で30〜60%のしきい値を用いると約95%の試行が許容精度に達し、著者らはn=7が実用上の最小の候補になりうるとしています。n=10以上ではより安定し、n=15以上ではほとんどの条件でほぼすべての試行が基準を満たしました。逆に、しきい値が20〜30%と低く、かつサブセットが小さい場合(n=4〜6)は除去のしすぎで補正がかえって不安定になることも示されました。

含量の幅についても検討されています。サブセットが大きくなるほど脂肪酸含量の幅は広くなる傾向がありましたが、幅が最も広いサブセットが必ずしも最良の精度を示すわけではありませんでした。著者らは、含量の幅だけでSBCの性能が決まるのではないと結論づけています。

この研究が示すこと

著者らの報告からは、SBCを効かせるために必要なのは、単に補正用サンプルを増やすことでも、含量の幅を最大限に広げることでもない、という見方が浮かび上がります。SBCは新しい予測モデルを作り直すのではなく、既存モデルの予測値と実測値の直線的なずれを直す手法です。だからこそ、対象集団で典型的に生じている誤差の向きと大きさを代表するサンプルを選ぶことが鍵になる、と著者らは論じています。

この研究は、日常的にFT-MIRで乳脂肪酸を測る検査所が、限られた基準分析の手間のなかで効率のよい補正用サンプルをどう組むかについて、具体的な手がかりを与えるものです。

著者:Masaya Matamura(Graduate School of Bioresources, Mie University, Tsu, 514-8507, Japan. Electronic address: [email protected])、E. Abe(Graduate School of Bioresources, Mie University, Tsu, 514-8507, Japan)、N. Nagahaka(Mie Prefectural Livestock Research Center, Matsusaka, 515-2324, Japan)、Takashi Mishima(Graduate School of Bioresources, Mie University, Tsu, 514-8507, Japan)、T. Shibata(Graduate School of Bioresources, Mie University, Tsu, 514-8507, Japan)、Makoto Kondo(Graduate School of Bioresources, Mie University, Tsu, 514-8507, Japan. Electronic address: [email protected]

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Masaya Matamura, E. Abe, N. Nagahaka, et al. Influence of sample size, content range, and sample removal on slope and bias correction in Fourier-transform mid-infrared spectroscopy for milk fatty acids. Journal of Dairy Science 2026-09-01. DOI: 10.3168/jds.2026-28333. 原著ライセンス:CC BY.