この研究は、イタリア、ドイツ、アイルランドの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Frontiers in immunology

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

何を目的とした研究か

潰瘍性大腸炎(かいようせいだいちょうえん)は、大腸の粘膜に慢性的な炎症が続く病気で、クローン病などとともに炎症性腸疾患(IBD)と総称されます。論文によれば、IBDは世界で680万人が罹患しており、サリチル酸製剤やステロイドが第一選択の治療として使われてきましたが、これらは病気の自然経過そのものを変えるものではなく、長期使用では副作用も問題になると著者らは述べています。

近年注目されているのが、炎症を「抑える」だけでなく「終息させる(収束させる)」働きをもつ一群の物質です。研究チームはこれを特殊化促進消散メディエーター(SPMs)と呼んでいます。SPMsは魚油などに含まれるω-3多価不飽和脂肪酸(DHAやEPAなど)を材料として体内でつくられる脂質で、レゾルビン、プロテクチン、マレシン、リポキシンといった種類があります。論文では、ω-3脂肪酸そのものを補うには250〜約4,000ミリグラムという量が必要なのに対し、SPMsはピコモル〜ナノモルというごく微量で作用する点が治療上の魅力だと説明されています。ただしSPMs自体は不安定で体内で速やかに分解されるため、そのまま薬として使うのは難しいという課題も挙げられています。

そこで著者らが採用したのが、Bacillus megaterium(バチルス・メガテリウム)という細菌にω-3脂肪酸を変換させる方法です。この細菌の一菌株(DSM 32963)がω-3脂肪酸を酸素化してSPMsに変えられることが先行研究で示されており、研究チームはこの細菌とω-3脂肪酸を組み合わせた「SynΩ3」と呼ぶシンバイオティクス(有用菌とその栄養源を組み合わせた製剤)を用いました。本研究の目的は、SynΩ3から得られた発酵物が、潰瘍性大腸炎患者の大腸組織に対して実際に炎症を和らげる生物学的活性を示すかどうかを確かめることです。

どのように調べたか

まず研究チームは、ω-3脂肪酸のリジン塩を微細な分散液にしたうえで、Bacillus megaterium DSM 32963を培養した液に加え、30℃で16時間発酵させました。得られた液は滅菌フィルターを通して使用しています。比較のための対照として、細菌を加えずに同じ条件で処理したω-3脂肪酸のみの液も用意されました。この発酵物にどのような脂質が含まれるかは、超高速液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせた手法で詳しく調べられています。

次に、イタリア・サレルノの病院で大腸内視鏡検査を受けた成人から、同意を得たうえで直腸S状結腸部の粘膜組織(生検)が採取されました。対象は、ステロイドやアザチオプリンなどの薬を使っていない未治療の潰瘍性大腸炎患者13人と、健康な協力者6人です。一人あたり3か所から採取した組織をそれぞれ2つに分け、計6片を各実験条件に無作為に割り当てました。組織は培養液を張った器の上に上皮側を上にして置かれ、発酵物を4段階の量(10、5、2.5、1.25マイクロリットル)で加えて、37℃で24時間培養されました。

培養後の組織について、炎症に関わるタンパク質の量をウエスタンブロット法で、炎症性・抗炎症性の物質(サイトカイン)をつくる遺伝子の働きをリアルタイムPCRで測定しました。さらに、組織の凍結切片を蛍光標識した抗体で染め、共焦点顕微鏡でマクロファージ(免疫細胞の一種)の性質を調べています。統計解析には二元配置分散分析が用いられ、p値0.05未満を統計的に有意としています。

報告された主な結果

まず発酵物の成分について。細菌を加えていない対照液では、DHAやEPAが自然に酸化してできたと考えられる一水酸化物(17-HDHAや18-HEPEなど)が多く検出された一方で、二水酸化・三水酸化された誘導体はわずかでした。これに対しBacillus megaterium DSM 32963で発酵させると、これらの一水酸化物がさらに変換され、プロテクチンPDX、レゾルビンRvE4・RvE1・RvD5、リポキシンLXA5、マレシンMaR1・MaR2などが最大100倍まで増加したと報告されています。なお発酵物には約1.7%のアラキドン酸とその誘導体、リノール酸誘導体も含まれていたと記載されています。

組織の比較では、潰瘍性大腸炎患者の生検は健康な人の生検に比べ、炎症の指標であるCOX-2とICAM-1(CD54)というタンパク質が明らかに多く、また炎症性サイトカインであるIL-1β、IL-6、IL-23、IFN-γの遺伝子発現も高い状態でした。著者らは、この組織が潰瘍性大腸炎に特徴的な炎症状態にあることが確認できたとしています。

発酵物を加えた場合、潰瘍性大腸炎の組織ではこれらの炎症性サイトカインの発現が低下しました。ω-3脂肪酸だけを加えた対照でも部分的な低下はみられましたが、発酵物のほうがより強い効果を示したと報告されています。とくに2.5マイクロリットルの用量でIL-1βとIL-6の発現に変化がみられた一方、健康な人の組織では有意な変化は認められませんでした。また、炎症の収束に関わるとされるIL-4とIL-13の発現は、患者組織で有意に上昇しています。IL-17とIL-33には変化がみられなかったことも記されています。

マクロファージについては、CD68とCD163の両方をもつ細胞の割合が、発酵物を加えた組織で増えました。これはω-3脂肪酸のみの対照では有意に変化しなかった点であり、しかも患者組織だけでなく健康な人の組織でも増加が確認されています。CD163とCD206が同じ場所に現れる様子も同様に増えていました。著者らはこれを、マクロファージに関連する指標がM2型(炎症を抑え収束させる側)の profile へ向かう変化と表現しています。ただし論文では、これらの指標の共発現は均一なマクロファージ集団を示すものではなく、細胞の働きそのものが作り変わったことを証明するものではないと明確に断られています。

この報告が意味すること

著者らはこの研究を「探索的なパイロット研究」と位置づけ、いくつもの限界を自ら挙げています。参加人数が患者13人・健康な人6人と少なく統計的な検出力が限られること、24時間という短時間の体外(ex vivo)モデルであるため、全身の免疫調節や腸の通過、腸内細菌との競合、体内での代謝を再現できないこと。したがって、この製剤が消化管を生き延びるか、細菌が腸に定着するか、長期的な安全性や臨床的な有効性がどうかについては、本研究は何も語らないと述べています。さらに、発酵物は多様な脂質の混合物であるため、どの物質が効果の主役なのかは特定できていません。IL-4とIL-13の増加についても、腸粘膜における作用は状況次第であり、増えたこと自体を抗炎症の決定的な証拠と受け取るべきではないと注意が促されています。

そのうえで研究チームは、ヒトの組織構造をそのまま保った状態で調べられたことを本研究の強みとしています。全体として、細菌によるω-3脂肪酸の変換という経路を通じて、大腸の粘膜環境を炎症の少ない、収束に向かう方向へ動かしうることを示す予備的な手がかりが得られた、というのがこの論文の報告です。

著者:Prete V(Department of Medicine, Surgery and Dentistry, "Scuola Medica Salernitana" University of Salerno, Baronissi, Italy.; Department of Biology, University of Naples Federico II, Complesso Universitario Monte S. Angelo, Naples, Italy.)、Picone F(Department of Medicine, Surgery and Dentistry, "Scuola Medica Salernitana" University of Salerno, Baronissi, Italy.)、Abate AC(Department of Medicine, Surgery and Dentistry, "Scuola Medica Salernitana" University of Salerno, Baronissi, Italy.)、Speckmann B(Evonik Operations GmbH, Hanau, Germany.)、Berngruber T(Kerry Global Innovation Centre, Naas, Ireland.)、Iside C(Department of Medicine, Surgery and Dentistry, "Scuola Medica Salernitana" University of Salerno, Baronissi, Italy.)、Venturini E(Vascular Physiopathology Unit, IRCCS Neuromed, Pozzilli, Italy.)、Vecchione C(Department of Medicine, Surgery and Dentistry, "Scuola Medica Salernitana" University of Salerno, Baronissi, Italy.; Vascular Physiopathology Unit, IRCCS Neuromed, Pozzilli, Italy.)、Ciacci C(Department of Medicine, Surgery and Dentistry, "Scuola Medica Salernitana" University of Salerno, Baronissi, Italy.)、Carrizzo A(Department of Medicine, Surgery and Dentistry, "Scuola Medica Salernitana" University of Salerno, Baronissi, Italy.; Vascular Physiopathology Unit, IRCCS Neuromed, Pozzilli, Italy.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Prete V, Picone F, Abate AC, et al. A novel <i>Bacillus megaterium</i>/ω-3 PUFA synbiotic attenuates colon inflammation and promotes a pro-resolving macrophage profile ex-vivo. Frontiers in immunology 2026-08-25. DOI: 10.3389/fimmu.2026.1916994. 原著ライセンス:CC BY.