著者の所属・活動拠点の国は、フランス、アメリカ、ポーランドです。
掲載誌:Frontiers in Food Science and Technology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
総説の目的
チーズやヨーグルトなどの発酵乳製品は、乳酸菌を中心とする「スターター」と呼ばれる微生物を牛乳に加えて作られます。このスターターを妨げる大きな要因が、細菌に感染して増える小さなウイルス「バクテリオファージ(ファージ)」です。ファージがスターターの乳酸菌に感染すると、発酵による酸の生成が遅れ、製品の格下げや廃棄につながります。論文が引用する既存の推計では、乳業での発酵不良のうち最大10%程度がファージ感染によるとされています。
乳製品工場では、微生物対策の柱として低温殺菌(パスツリゼーション)などの加熱処理が使われてきました。しかし著者らは、加熱がファージに対してどれほど効くかはばらつきが大きく、効果が過大評価されがちだと指摘しています。この総説で研究チームは、乳業で問題になるファージの加熱による不活化(感染力を失わせること)に関するこれまでの知見を整理し、過去の研究データを集め直して、加熱によるファージ対策の効果と限界を検討しました。
何を調べたか
著者らは文献データベースを検索し、1954年から2022年までに発表された20件以上の研究から、1,000件を超える加熱不活化の観察結果を集めました。一つひとつの観察は、ファージの種類、宿主となる細菌、温度、加熱時間、ファージを浮遊させた液体(牛乳、ホエイ、緩衝液など)の組み合わせに対応しています。数値は論文の本文や表から取り出し、図しかない場合は図から読み取っています。著者らは、このデータセットは網羅的ではないものの代表的な概観を示すことを意図したものだと説明しています。
データには、チーズ製造に使われるラクトコッカス・ラクティスを中心に、ストレプトコッカス・サーモフィルス、ロイコノストック属、ラクトバチルス属など7つの宿主分類群に感染するファージが含まれます。ファージの系統では、スクナウイルス、セデュオウイルス、P335型などが多くを占めていました。なお、これらは宿主の細菌がいない状態でファージ粒子そのものがどれだけ壊れるかを測った実験です。
主な報告結果
まず、加熱による不活化は温度に対して直線的には進みませんでした。65℃以下では長時間加熱しても感染力がほとんど落ちない例が多く、70〜85℃では結果がファージの種類や液体の成分によって大きくばらつき、90℃以上ではほとんどのファージが短時間で不活化されました。ただし、スクナウイルスの一部は沸点近くでも長時間生き残りました。
また、時間の経過とともにファージ数がまず急速に減り、その後はわずかな生き残りがなかなか減らない「尾を引く」パターンが共通して見られました。そのため、99%を不活化する時間が短くても、完全に消えるまでにはずっと長い時間がかかる場合があります。著者らはその理由として、熱に強い粒子がもともと少数混じっていることや、粒子同士が固まって内側が守られることなどの説明を紹介しています。
温度の境目が非常に急な例もありました。ロイコノストック属のファージでは、牛乳中で80℃1分ではほとんど減らなかったのに、85℃1分にすると多くの株で生き残りが検出されなくなりました。一方、宿主が高温を好む細菌だからといって、そのファージが熱に強いわけではなく、サーモフィルス菌のファージの耐熱性は目立つものではありませんでした。
とくに熱に強かったのは、スクナウイルスに属するP680とP1532という2つのファージです。業界で長くファージ除去の目安とされてきた「90℃で15分」の処理でも、これらは感染力のある粒子が残り、完全な不活化には90℃で40分を要しました。データ全体から著者らは、ファージを十分に除去するには90℃で少なくとも40分程度の処理が必要になると述べていますが、論文の整理表ではこの条件は工業的には厳しく実用的でないとも記されています。
ファージが浮遊している液体の成分も、生き残りに大きく影響していました。牛乳やホエイ、乳たんぱく質を多く含む液体では、水や単純な塩溶液に比べてファージが熱から守られ、同じ加熱条件での生存が100倍から100万倍ほど高くなる場合がありました。例えばあるロイコノストック属のファージは、70℃1分の加熱で水中では約1万分の1に減ったのに、牛乳中では約10分の1にしか減りませんでした。著者らは、保護効果の主な担い手はたんぱく質と考えられること、脂肪の粒も保護に関わりうること、粉乳中のファージは長期間安定な例があることなども紹介しています。加熱容器の材質によって目標温度に達する速さが違うことも、結果の比較を難しくする要因として挙げられています。
この総説が示すこと
研究チームは、通常の低温殺菌や従来の「ファージ除去工程」では、とくに熱に強いスクナウイルスに対して確実な除去を保証できないと結論づけています。ファージの生き残りは、宿主の性質よりも、液体の成分、加熱の進み方、ファージ集団の中のばらつきによって大きく左右されていました。
そのため著者らは、決まった温度と時間の「レシピ」に頼るのではなく、実際に扱う乳製品の成分や問題となるファージの株ごとに、生き残りが尾を引く性質も踏まえて効果を確認する考え方を支持しています。長年の研究データを横断的に見ることで、加熱処理がファージ対策として万能ではないことが改めて浮き彫りになったといえます。
原著論文の著者・所属:Gwendoline Parigi(IFF Health and Biosciences, France)、Dennis A. Romero(IFF Health and Biosciences, United States)、Piotr Kolakowski(IFF Health and Biosciences, Poland)、Damian J. Magill(IFF Health and Biosciences, France)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Gwendoline Parigi, Dennis A. Romero, Piotr Kolakowski, et al. Turning up the heat: evaluating thermal treatments for phage management in dairy plants. Frontiers in Food Science and Technology 2026-07-29. DOI: 10.3389/frfst.2026.1894844. 原著ライセンス:CC BY.