日本関連:この研究は海外機関を中心とする国際共同研究で、日本の研究機関に所属する共著者が参加しています。参加国はドイツ、トルコ、日本です。

掲載誌:Mechanisms of Ageing and Development

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

リシンは人の体内で作ることができない必須アミノ酸で、腸でのカルシウムや鉄の吸収、タンパク質の合成、脂肪酸の代謝など、いくつもの細胞の働きに関わっています。研究チームによれば、近年は栄養補助食品やサプリメントといったさまざまな形でリシンを摂る人が増えており、とくに高齢者で目立つとされています。

一方で著者らは、高齢者が加齢に伴う必要量の増加を背景に多量のリシンをサプリメントの形で摂ったとき、宿主(ヒトの細胞)と細菌、細菌に感染するウイルスであるファージ、そして栄養素が絡み合う場でどのような生化学的・免疫学的な出来事が起きるのか、また腸内細菌が作り出す代謝産物にどう影響するのかは、まだ十分に調べられていないと指摘しています。

そこで論文は二つの仮説を立てました。第一に、感染により炎症が起きた消化管の環境では、細胞の外にある過剰なリシンの代謝のされ方が、若い消化管細胞と老化した消化管細胞とで異なるのではないか、という仮説です。第二に、その環境にいるファージが、宿主と細菌が共同で作る代謝産物のシグナルの様相を変化させるのではないか、という仮説です。

何をどのように調べたか

研究チームは、宿主の生理を左右する重要な調節役として腸内細菌とファージに注目し、それらが過剰なリシンをめぐる免疫と代謝の反応にどう関わるかを、細胞を用いた実験系で検討しました。

組み合わせたのは、若い消化管細胞と老化した(細胞老化を示す)消化管細胞という二つのモデル、病原菌である緑膿菌 P. aeruginosa PAO1、この緑膿菌に感染するファージ KPP22、そして抗炎症性の細菌 Intestinimonas butyriciproducens です。これらを使って、リシンを過剰に摂取したときに進む相互作用のプロセスを再現し、五つの要素を組み合わせて調べるスクリーニングの手法を組み立てたと報告しています。

感染による炎症が起きている培養条件のもとで外からリシンを加え、細胞の生存、腸の上皮バリアの構造的な保たれ方とその機能、さらに細胞の免疫・代謝の応答といった主要な指標を観察しています。上皮バリアとは、腸の内側を覆う細胞の層が作る仕切りのことで、必要なものを通し、不要なものや病原体の侵入を防ぐ役割を担っています。

報告された主な結果

著者らは、得られた結果は、リシンの利用と、ある細菌が作った物質を別の細菌が使う「クロスフィーディング」を介した宿主と複数の細菌の相互作用が、リシン補給の効果を左右しうるという可能性と矛盾しないものだったとしています。

そして、その効果が有益な方向か不利な方向かは、病原性の細菌や有益と考えられる細菌がいるかどうかを含む細菌群の構成、腸内のファージとの相互作用、さらに宿主側と個々の細菌それぞれの生理的な状態や代謝上の必要性に左右されうると述べています。

この報告が示すこと

この論文が伝えているのは、同じようにリシンを摂っても、その働きが腸の中の顔ぶれと状態によって変わりうるという見方です。栄養素の効果を、摂った量だけで一律に語るのではなく、細菌やファージ、そして宿主の細胞が置かれた条件を含む一つの相互作用の場として捉える必要があることを、細胞モデルの実験から示した研究といえます。

著者:Darab Ghadimi(Department of Microbiology and Biotechnology, Max Rubner-Institut, Hermann-Weigmann-Str 1, D-24103 Kiel, Germany. Electronic address: [email protected])、Sophia Blömer(Faculty of Medicine, Christian-Albrechts-University of Kiel, 24105, Kiel, Germany)、Aysel Şahin Kaya(Department of Nutrition and Dietetics, Faculty of Health Sciences, Antalya Bilim University, Antalya, Turkey)、Sandra Krüger(Institute of Pathology, Kiel University, University Hospital, Schleswig-Holstein, Arnold-Heller-Straße 3/14, D-24105 Kiel, Germany)、Christoph Röcken(Institute of Pathology, Kiel University, University Hospital, Schleswig-Holstein, Arnold-Heller-Straße 3/14, D-24105 Kiel, Germany)、Heiner Schäfer(Laboratory of Molecular Gastroenterology & Hepatology, Christian-Albrechts-University & UKSH Campus Kiel, 24105 Kiel, Germany)、Geraldine de Heer(University Center for Nutritional Medicine, University Medical Centre Hamburg-Eppendorf, Hamburg, Germany)、Dominik Jarczak(University Center for Nutritional Medicine, University Medical Centre Hamburg-Eppendorf, Hamburg, Germany)、Jumpei Uchiyama(Department of Bacteriology, Graduate School of Medicine Dentistry and Pharmaceutical Sciences, Okayama University, Okayama, Japan)、Shigenobu Matsuzaki(Department of Medical Laboratory Science, Faculty of Health Sciences, Kochi Gakuen University, Kochi, Japan)、Wilhelm Bockelmann(Department of Microbiology and Biotechnology, Max Rubner-Institut, Hermann-Weigmann-Str 1, D-24103 Kiel, Germany)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Darab Ghadimi, Sophia Blömer, Aysel Şahin Kaya, et al. The Eukaryotic Host–Microbe–Phage–Nutrition Interplay Determines the Bacterial Effectors of Supplemental Lysine’s Health Benefits: An Experimental Cellular Senescence Model of Digestive Conditions in Older Adults. Mechanisms of Ageing and Development 2026-09-01. DOI: 10.1016/j.mad.2026.112260. 原著ライセンス:CC BY.