この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Frontiers in Veterinary Science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

マナマコ(Apostichopus japonicus)は中国の渤海・黄海沿岸で養殖される代表的な水産生物ですが、「皮膚潰瘍症」と呼ばれる病気によって大量死が起こり、産業に深刻な被害が出ています。この病気の原因となる病原体のひとつが、海水中に広く分布するグラム陰性菌ビブリオ・ハーベイ(Vibrio harveyi)です。著者らによれば、この菌はアンピシリン、ストレプトマイシン、テトラサイクリンなどへの耐性遺伝子をもつことが多く、抗生物質による治療を難しくしていると報告されています。

そこで注目されているのが、細菌だけに感染するウイルスであるバクテリオファージ(略してファージ)です。ファージは感染する相手の細菌をきわめて選択的に選ぶ性質があり、ヒトや動物には感染しないため、抗生物質に代わる抗菌手段の候補として研究が進められています。本研究で著者らは、病気のマナマコから病原菌を分離して正体を突き止めるとともに、その菌を殺す新しいファージを見つけ出し、そのファージが菌のナマコ細胞への付着や細胞の傷害をどの程度抑えられるかを調べることを目的としました。

どのように調べたか

研究チームはまず、中国・大連で皮膚潰瘍症を発症した瀕死のマナマコの体壁から細菌株を分離し、NB-3と名付けました。形態観察、生理学的な性質、ゲノム解析にもとづき、この株はビブリオ・ハーベイと同定されています。電子顕微鏡では、極に1本の鞭毛をもつ短い桿菌(棒状の細菌)の姿が確認されました。

次に、マナマコの養殖池の泥からファージが分離され、vB_VhaM_HVS-1と命名されました。電子顕微鏡観察では、正二十面体の頭部と収縮する長い尾をもつ形態が確認され、形態とゲノムの特徴から、カウドウイルス綱(Caudoviricetes)ストラボウイルス科(Straboviridae)に分類されました。

ファージの性質を調べるため、著者らは感染してから子孫ウイルスが放出されるまでの経過(一段階増殖曲線)、宿主菌への吸着速度、温度・pH・塩分・保存に対する安定性などを測定しました。さらに、緑色蛍光タンパク質(GFP)で目印をつけた菌をナマコの体腔細胞(コエロモサイト。体腔内を漂い、獲得免疫をもたないナマコの免疫を担う細胞)と一緒に培養し、共焦点顕微鏡で菌が細胞にどれだけ付いているかを数えました。あわせて、フローサイトメトリー(細胞を1個ずつ光で測定する装置)を用い、アポトーシス(プログラムされた細胞死)に関わる細胞の状態も測定しています。生きたナマコを用いた感染実験では、菌の濃度を変えて7日間にわたり皮膚潰瘍症の発症状況を記録し、体壁組織を顕微鏡で観察しました。

報告された主な結果

分離菌NB-3の病原性は明確でした。菌を与えたナマコでは濃度と日数に応じて皮膚潰瘍症の発症率が上がり、最も高い濃度(4.6×10⁷ CFU/mL)では7日目に発症率が100%に達したと報告されています。対照群では発症は見られませんでした。組織を調べると、感染群では上皮細胞の剥離、組織構造の乱れ、炎症細胞の浸潤、浮腫といった強い病変が確認されました。著者らによる病理スコア(0~12点)では、感染群が平均8.5点だったのに対し、対照群は1.2点、ファージを加えた群は3.8点で、ファージ処理が組織の傷害を和らげたと報告されています。

ファージvB_VhaM_HVS-1の増殖特性としては、感染から子孫が放出されるまでの潜伏期が約50分、細菌1個あたりから放出される子孫の数(バーストサイズ)が約168 PFUと算出されました。吸着はきわめて速く、5分以内に85%以上のファージが菌に吸着し、30分でほぼすべてが吸着しました。ゲノムは81,118塩基対の二本鎖DNAで、GC含量は45.62%、110個のタンパク質コード遺伝子が予測されています。著者らは、このゲノムに溶原化(ファージが菌のゲノムに潜り込んで共存する状態)に関わる遺伝子が見つからなかったことから、菌を壊して増える溶菌性の性質をもつと述べています。

安定性の面では、4~42℃で活性が保たれ、50℃で60%程度、60℃で35%程度に低下し、70℃では完全に失活しました。pHは5~9の範囲で高い活性を示し、pH 7で最も高くなりました。塩分1~3%の範囲では活性の有意な低下はなく、4℃での保存では少なくとも4週間にわたり活性が維持されたと報告されています。

本研究の中心的な結果として、ファージを加えると体腔細胞に付着する菌の数が大きく減り、付着率は2.3%からほぼ0まで低下しました。またフローサイトメトリーの結果では、菌によって傷つけられた体腔細胞のうち生存している細胞の割合が、ファージ感染によって78.17%から88.54%へ増加したと報告されています。

この研究が示すこと

著者らは、新たに分離されたファージvB_VhaM_HVS-1が、ビブリオ・ハーベイのナマコ体腔細胞への付着を効果的に減らし、宿主細胞のアポトーシスを軽減したと結論づけています。つまりこのファージは、菌そのものを減らすだけでなく、菌が免疫細胞に取りつき傷つけるという感染の入り口の段階に働きかけたことになります。

抗生物質耐性が水産養殖の現場で課題となるなかで、病気の現場そのものから採取された泥に、その病原菌を狙い撃ちするウイルスが存在していたという本研究の報告は、生き物どうしの関係を利用した防除の可能性を具体的な形で示すものといえます。

著者:Qun Chen(Department of Respiratory and Critical Care Medicine, The Affiliated Yangming Hospital of Ningbo University (Yuyao People’s Hospital), Ningbo University)、Peipei Ye(Department of Hematology, The Affiliated People’s Hospital of Ningbo University)、Jieting Pan(Department of Respiratory and Critical Care Medicine, The Affiliated Yangming Hospital of Ningbo University (Yuyao People’s Hospital), Ningbo University)、Lin Chen(Ningbo No. 2 Hospital, Wenzhou Medical University)、Xibang Liu(Department of Respiratory and Critical Care Medicine, The Affiliated Yangming Hospital of Ningbo University (Yuyao People’s Hospital), Ningbo University)、Lijian Ding(Department of Respiratory and Critical Care Medicine, The Affiliated Yangming Hospital of Ningbo University (Yuyao People’s Hospital), Ningbo University)、Liming Jiang(Department of Respiratory and Critical Care Medicine, The Affiliated Yangming Hospital of Ningbo University (Yuyao People’s Hospital), Ningbo University)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Qun Chen, Peipei Ye, Jieting Pan, et al. A novel phage vB_VhaM_HVS-1 inhibits host cell associated Vibrio harveyi. Frontiers in Veterinary Science 2026-08-31. DOI: 10.3389/fvets.2026.1908714. 原著ライセンス:CC BY.