この研究は、タイの研究機関の研究論文です。

掲載誌:International journal of molecular sciences

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

研究の目的

動脈硬化は、血管の壁に脂質がたまるだけの受け身の現象ではなく、慢性的な炎症が関わる病態だと考えられています。論文は、血管壁に入り込んだマクロファージ(体内で異物を取り込む免疫細胞)が酸化した悪玉コレステロールを過剰に取り込んで「泡沫細胞」に変わり、炎症が持続することが病変の拡大につながる、とこれまでの知見を整理しています。そのためマクロファージは、治療法を考えるうえでの重要な標的とされてきました。

キトサンオリゴ糖(COS)は、カニなどの殻に含まれるキトサンを短く切った低分子の糖で、抗酸化作用や抗炎症作用が報告されてきました。しかし研究チームは、これまでの報告では分子量や構造がまちまちで十分に定義されていない試料が使われることが多く、構造と作用の関係をはっきりさせにくかったと指摘しています。そこで本研究は、構造を明確にしたCOSを用意したうえで、それがマクロファージの炎症シグナルにどう関わるのかを、コンピュータ上の結合予測と網羅的な遺伝子発現解析を組み合わせて調べることを目的としました。

何をどのように調べたか

著者らは、タイで得られたノコギリガザミ(Scylla olivacea)の殻という廃棄物を出発材料とし、塩酸で処理する方法でCOSを作製しました。得られた試料を質量分析と核磁気共鳴(NMR)で調べたところ、おおむね300〜2000ダルトンの小さなオリゴ糖が中心で、糖が2〜9個つながった大きさのものからなり、脱アセチル化度は92.35%と報告されています。

このCOSについて、まず試験管内での抗酸化能(DPPH法とABTS法という2種類のラジカル消去試験)を測定しました。次にマウスのマクロファージ株であるRAW 264.7細胞を用い、細胞への毒性の有無と、細菌由来の成分であるLPSで炎症を起こさせたときの一酸化窒素(NO)産生への影響を調べています。さらに、炎症や動脈硬化に関わる複数のタンパク質を相手にCOSが結合しうるかをコンピュータ上で予測する「分子ドッキング」を行い、加えてCOSで前処理した細胞の遺伝子発現を網羅的に読み取るRNA解析(トランスクリプトーム解析)を実施しました。ここでいうドッキングは、あくまで結合の候補や結合の仕方を予測する計算であり、実際に細胞内で結合したことを示すものではない、と著者ら自身が断っています。

主な報告結果

抗酸化試験では、半数を消去する濃度(IC50)がDPPH法で2.86 mg/mL、ABTS法で2.49 mg/mLと報告され、いずれの試験でもラジカルを消去する活性が確認されました。細胞毒性については、20〜1280 µg/mLの範囲で24時間・48時間処理しても生存率は無処理対照の95〜110%の範囲にとどまり、毒性は認められなかったとしています。

LPSで刺激した細胞では、COSを加えることでNOの産生量が濃度に応じて減少し、80 µg/mLと160 µg/mLで有意な抑制がみられました。分子ドッキングでは、調べた7つのタンパク質のうち、炎症に関わる酵素COX-2に対して最も強い結合スコア(−7.7 kcal/mol)が予測され、続いて誘導型一酸化窒素合成酵素iNOS(−7.1 kcal/mol)などが挙げられています。

遺伝子発現解析では、COSの前処理によって多数の遺伝子の発現が変化し、TNFシグナル、NF-κBシグナル、脂質と動脈硬化に関わる経路などが関連する経路として浮かび上がりました。個々の遺伝子では、NOを作る酵素iNOSの遺伝子Nos2が最も大きく低下し、COX-2の遺伝子Ptgs2も低下、炎症性のIl1b、Il6、Il18なども低下していました。一方で、上流にあたるToll様受容体やNF-κB関連の遺伝子はむしろ発現が上がっており、脂質の取り扱いに関わる遺伝子群でも、酸化LDL受容体Olr1が大きく低下した一方、コレステロールを細胞外へ運び出すAbca1やAbcg1は低下するなど、方向のそろわない変化がみられたと報告されています。著者らは、これらの上流経路について「抑制が確認されたわけではない」と明記しています。

この研究が示すこと

結合予測、遺伝子発現、実際のNO測定という三つの角度で最もよく一致したのは、iNOSとCOX-2に関わる部分でした。著者らはこの二つをCOSの作用に関わる候補として位置づけつつ、遺伝子の量が減ってもタンパク質の量や酵素の働きが同じように変わるとは限らないため、さらに検証が必要だと述べています。また、血管を守る働きをもつ内皮型のeNOS遺伝子も低下しており、同じNO合成酵素でも誘導型と内皮型は別々に扱うべきだと指摘しています。

全体として著者らは、COSの作用は単一の経路を一律に抑え込むものではなく、標的や経路によって異なる、選択的で多面的なものらしいと結論づけています。同時に、今回の実験は培養したマクロファージを用いた系であり、動脈硬化という複雑な病態そのものを再現したものではないことも明記されています。廃棄されるカニ殻から構造の定まった材料を作り、その作用の手がかりを分子レベルで整理したという点に、この研究の位置づけがあります。

著者:Sung Y(Research Unit in Innovative Marine Biotechnology and Natural Bio-Resources for Sustainable Health and Wellness, Thammasat University, Pathum Thani 12120, Thailand.)、Namwongsa S(Research Unit in Innovative Marine Biotechnology and Natural Bio-Resources for Sustainable Health and Wellness, Thammasat University, Pathum Thani 12120, Thailand.; Department of Biochemistry and Genetic Engineering, Faculty of Medicine, Kasetsart University, Bangkok 10900, Thailand.)、Songkoomkrong S(Research Unit in Innovative Marine Biotechnology and Natural Bio-Resources for Sustainable Health and Wellness, Thammasat University, Pathum Thani 12120, Thailand.; Chulabhorn International College of Medicine, Thammasat University, Rangsit Campus, Pathum Thani 12120, Thailand.)、Duangprom S(Research Unit in Innovative Marine Biotechnology and Natural Bio-Resources for Sustainable Health and Wellness, Thammasat University, Pathum Thani 12120, Thailand.; Chulabhorn International College of Medicine, Thammasat University, Rangsit Campus, Pathum Thani 12120, Thailand.)、Kornthong N(Research Unit in Innovative Marine Biotechnology and Natural Bio-Resources for Sustainable Health and Wellness, Thammasat University, Pathum Thani 12120, Thailand.; Chulabhorn International College of Medicine, Thammasat University, Rangsit Campus, Pathum Thani 12120, Thailand.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Sung Y, Namwongsa S, Songkoomkrong S, et al. Chitosan Oligosaccharides Modulate Macrophage Inflammatory Signaling: Molecular Docking and Transcriptomic Evidence. International journal of molecular sciences 2026-08-30. DOI: 10.3390/ijms27177775. 原著ライセンス:CC BY.