この研究は、メキシコの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Molecular Biology Reports
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
炎症は、体外から入った異物や体内で生じた刺激に対して免疫が働くときに起こる反応です。炎症を抑える薬としては非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などが広く使われていますが、著者らは、長期の使用が胃腸の障害や心血管系の危険につながりうることを踏まえ、新しい候補物質を探す研究が重要だと述べています。海の生物に由来する成分は、陸上の植物に比べて研究例がまだ少ない領域です。
この研究が取り上げたのは、エグレギア・メンジーシー(Egregia menziesii)という褐藻です。アラスカからメキシコのバハ・カリフォルニアにかけての北米西海岸に分布する海藻で、これまでに抗がん作用や血糖を下げる性質が報告され、化学的にはタンパク質やフロロタンニン、硫酸基を含む化合物を持つことが知られていました。しかし著者らによれば、この海藻の抽出物が免疫系、とくに炎症のしくみにどう働くかは、これまで調べられていませんでした。そこで研究チームは、この海藻の抽出物とその分画について、成分の特徴を調べるとともに、炎症を起こした状態のマクロファージにどのような影響を与えるかを検討しました。
何をどう調べたか
研究チームは、メキシコのバハ・カリフォルニア州プンタ・バンダで採取した海藻を乾燥・粉砕し、エタノールと水を1対1で混ぜた溶媒で抽出しました。得られた粗抽出物は、極性(水になじみやすさの程度)の異なる溶媒であるヘキサン、ジクロロメタン、酢酸エチルを順に使って分け、最後に残った水の画分も回収しました。こうして、抽出物全体と性質の異なる四つの画分が用意されました。
成分の特徴づけには、プロトン核磁気共鳴(1H-NMR)という手法が使われました。これは分子内の水素原子が置かれた環境の違いを信号の位置(化学シフト、ppmで表す)として記録し、試料に含まれる成分の「指紋」を得る方法です。得られたスペクトルでは、δ1.10〜1.25 ppm付近の信号が硫酸化多糖に、δ5.0〜5.8 ppm付近がフコイダンのアノマープロトン領域に、δ3〜5 ppm付近がマンニトールに対応するとされました。フコイダンは褐藻の細胞壁に含まれる硫酸化された多糖、マンニトールは褐藻が代謝の中で作る糖アルコールです。
細胞実験には、マウス由来のRAW 264.7マクロファージという、炎症の研究で広く使われる細胞株が用いられました。マクロファージは異物を取り込んで排除し、他の免疫細胞に情報を伝える、免疫の第一線を担う細胞です。研究チームはまず、細胞が生きて活動しているかを測るMTT法で安全性を確認し、続いて、細胞層に引いた傷がどれだけ埋まるかを見る「スクラッチアッセイ」で細胞の移動を評価しました。さらに、ニュートラルレッド法で貪食(細胞が異物を取り込む働き)の活性を測り、炎症性サイトカインであるIL-1βとIL-6について、RT-qPCRでmRNAの量を、ELISAでタンパク質の量を測定しました。炎症を起こす刺激としてはグラム陰性菌の細胞壁成分であるLPSを、比較対象としてクルクミンとインドメタシンを用いています。加えて、1H-NMRの信号と傷の面積の測定値を直交部分最小二乗法(OPLS)による多変量解析で結びつけ、どの信号領域が効果に寄与しているかを探りました。
報告された主な結果
細胞の生存性については、抽出物と各画分を24時間および48時間作用させても、100 µg/mLまでの濃度では有意な低下は見られませんでした。48時間の時点で有意な減少が見られたのは、エタノール・水抽出物の1000 µg/mLのみでした。50%阻害濃度(IC50)は抽出物・画分ともに1000 µg/mLを超えており、研究チームはこれをもって、細胞実験に用いる濃度での安全性が確認できたとしています。
スクラッチアッセイでは、LPSを加えた群はLPSを加えない対照群と比べて48時間後の細胞の移動が不十分でした。これに対しエタノール・水抽出物は、LPS添加対照群と比べて傷の面積を24時間・48時間のいずれでも有意に減少させました。論文の要約では、エタノール・水抽出物と水画分の処理により、24時間で最大40%、48時間で10%の面積減少が示されたと報告されています。ヘキサン、ジクロロメタン、酢酸エチルの各画分は24時間では有意な減少を示さず、48時間でヘキサン画分のみが減少を示しました。水画分は24時間・48時間の両方でLPS添加対照群との有意差を示し、最も効果的な選択肢と位置づけられています。
多変量解析では、抽出物と各画分がはっきりと分かれる結果が得られ、モデルの妥当性を示す指標(R²X、R²Y、Q²)も高い値を示しました。寄与を調べたプロットからは、δ0.6〜3 ppmの領域の信号が傷の面積の減少に主に寄与していることが示されました。この領域はフコイダンのメチル基などに対応し、δ3〜4 ppm付近のマンニトールを含むアルコール性プロトンの信号も、傷の閉鎖の反応に関わっている可能性があると著者らは述べています。
貪食活性については、LPSを加えた群でLPSなしの群より活性が上昇しました。エタノール・水抽出物では、LPS添加対照群と比べて活性が有意に低い値となりました。また論文の要約では、この処理により貪食の過程がLPS非添加対照群の水準を下回るところ(120%未満)まで低下したと記されています。一方、ジクロロメタン画分、酢酸エチル画分、水画分では、LPSなしの対照群と比べて活性が上昇しました。ヘキサン画分は、どちらの対照群とも有意な差を示しませんでした。
サイトカインについては、LPS添加対照群と比べて、エタノール・水抽出物がIL-1βのmRNA発現を有意に減少させ、IL-6の発現にも減少の傾向を示しました。水画分はIL-1βとIL-6の両方で減少を示しています。タンパク質レベルでは、エタノール・水抽出物と水画分がインターロイキンの量を減らし、その程度はインドメタシン処理で観察された効果と同様でした。IL-6についてはLPS添加対照群で顕著に増加し、有意に低下させたのはエタノール・水抽出物のみでした。なお、比較対象としたクルクミンとインドメタシンの群では、LPS添加対照群と比べてサイトカインの発現に有意な減少は見られなかったと報告されています。
この研究が示すこと
著者らは結論として、エグレギア・メンジーシーが細胞の生存性を損なうことなくマクロファージのふるまいを調節し、IL-1βとIL-6の放出に影響を与え、傷の面積の減少を促したと述べています。そしてこの免疫調節的な作用は、抽出物に含まれる硫酸化多糖とマンニトールの存在と関連している可能性があるとしています。これは細胞株を用いた試験管内の実験による結果であり、化学的な特徴づけと細胞レベルの応答を結びつけた点に、この研究の位置づけがあります。
これまで環境への影響や形態的な特徴を中心に調べられてきた海藻について、免疫のしくみに対する作用を初めて検討したこと、そして成分の信号と細胞の応答を統計的に対応づけたことが、この研究の内容です。海に生きる生物が、まだ十分に探索されていない生物活性の源でありうることを、具体的なデータとともに示した報告といえます。
著者:Omar Arroyo-Xochihua(Doctorado en Ciencias Biomédicas, Centro de Investigaciones Biomédicas, Universidad Veracruzana, Xalapa, Veracruz, México)、Alberto Sánchez-Medina(Laboratorio de Farmacología y Quimiometría, Instituto de Química Aplicada, Universidad Veracruzana, Xalapa, México)、Óscar López-Franco(Laboratorio de Medicina Traslacional, Universidad Veracruzana, Xalapa, Veracruz, México)、Tatiana N. Olivares-Bañuelos(Instituto de Investigaciones Oceanológicas, Universidad Autónoma de Baja California, Ensenada, Baja California, México)、Rossana C. Zepeda(Laboratorio de Biomedicina Integral y Salud, Centro de Investigaciones Biomédicas, Universidad Veracruzana, Xalapa, Veracruz, México. [email protected])
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Omar Arroyo-Xochihua, Alberto Sánchez-Medina, Óscar López-Franco, et al. Chemical profiling of Egregia menziesii and anti-inflammatory potential in LPS-activated RAW 264.7 macrophages. Molecular Biology Reports 2026-09-05. DOI: 10.1007/s11033-026-12685-y. 原著ライセンス:CC BY.