この研究は、ギリシャの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Nutrients
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
がんの発生には遺伝子そのものの変化だけでなく、環境や生活習慣、とりわけ食事によって引き起こされる「エピジェネティックな調節の乱れ」も関わると考えられています。エピジェネティクスとは、遺伝子の配列そのものは変えずに、その働き方(遺伝子が読み取られるかどうか)を調節するしくみのことです。
この総説の著者らは、食事の成分がゲノムとどのように相互作用して遺伝子の発現に影響するかを扱う「ニュートリゲノミクス」と、食事によって生じるDNAメチル化・ヒストン修飾・非コードRNAによる調節などの変化に注目する「栄養エピジェネティクス」の観点から、食事とエピジェネティックな調節、そしてがんリスクとの分子レベルのつながりについて、近年の知見を整理することを目的としたと述べています。
何をどのように調べたか
本論文は、特定の実験を新たに行ったものではなく、既存の研究を整理して論じるナラティブレビュー(記述的な総説)です。著者らは2015年から2025年に公表された文献を中心に、2026年9月までの検索を加えて知見をまとめたとしています。
取り上げられた食事要因としては、一炭素代謝に関わるメチル基供与体、ポリフェノール、短鎖脂肪酸、オメガ3脂肪酸などが挙げられています。著者らは、これらがDNAメチル基転移酵素(DNAメチルトランスフェラーゼ)やヒストン脱アセチル化酵素といった、エピジェネティックな調節を担う分子にどう作用するかを検討したと説明しています。さらに、地中海食や西洋型食事といった食事パターンと、がんへのかかりやすさに関連するエピゲノム上の特徴との結びつきについての現在の証拠も論じられています。
主に報告された内容
著者らによれば、生理活性をもつ食事成分が、発がんに関わるエピジェネティックなしくみを調節しうることを示す証拠が増えており、がん予防における役割の可能性が注目されています。
本総説がとくに重点を置いているのが、「ニュートリゲノミクス-マイクロバイオーム-エピゲノム軸」と呼ばれる新しい考え方です。これは、腸内細菌叢に由来する代謝産物が、宿主のクロマチン構造(DNAの収納・折りたたみの状態)や、腫瘍抑制や炎症に関わる遺伝子発現の経路に影響を及ぼすという枠組みです。著者らはまた、エピジェネティックなバイオマーカーや、エピゲノム全体を対象とした関連解析(エピゲノムワイド関連研究)が、がん予防のための精密栄養(プレシジョン・ニュートリション)戦略を支える可能性についても論じています。
同時に著者らは、限界についても明確に述べています。ヒトを対象とした証拠はばらつきが大きく(不均一であり)、分子レベルの知見を臨床で実際に使える精密栄養の戦略へとつなげるには、エピジェネティックな評価指標を標準化した大規模で適切に設計された介入研究が必要だとしています。
この研究が示す意味
この総説が伝えているのは、食事によってエピジェネティックな状態が変わりうるという「可塑性」が、がん予防に寄与しうるという見方です。食事は遺伝子そのものを書き換えなくても、その働き方に関わる可能性があるという視点を、著者らは分子のしくみと結びつけて整理しています。
一方で著者ら自身が指摘するとおり、現時点のヒトでの証拠はまだそろっておらず、個人に合わせた食事による予防という考え方が実際の医療の場で使えるかどうかは、今後の検証にかかっています。分子レベルで示唆されていることと、人での確かな結論とを区別して受け止めることが重要だといえます。
著者:Grigoris Risvas(Department of Dietetics, School of Health, Aegean College, 10564 Athens, Greece)、Stavros P. Derdas(Department of Dietetics, School of Health, Aegean College, 10564 Athens, Greece)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Grigoris Risvas, Stavros P. Derdas. Nutrigenomics and Epigenetic Regulation in Cancer Prevention: Molecular Mechanisms, Dietary Bioactives, and Translational Perspectives. Nutrients 2026-09-21. DOI: 10.3390/nu18183101. 原著ライセンス:CC BY.