この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Plant Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
大豆やトウモロコシなどの遺伝子組換え作物(GMO)を使った食品には、多くの国で「含有率がある基準を超えたら表示を義務付ける」というルールがあります。日本では、原材料の上位3位以内かつ含有量5%を超える場合に表示が義務付けられており、2023年には「非遺伝子組換え」表示の基準が厳格化され、遺伝子組換え成分が検出されないことが求められるようになりました。こうした基準を運用するための検査では、正確な含有率そのものよりも「基準値を超えているかどうか」を素早く判定できることが重要になります。今回、中国農業科学院バイオテクノロジー研究所などのグループが、検量線を作らずに基準超過の有無を判定できる新しい検査法を報告しました。
研究の背景と方法
GMO含有率の検査には現在、リアルタイムPCR(qPCR)を用いた「絶対定量法」が広く使われています。この方法では、含有率が既知の標準サンプルを薄めた複数の検体を同時に測定し、Ct値(増幅が検出されるまでのサイクル数)と含有率との関係から「検量線」を作成し、そこから試料の含有率を算出します。しかし検量線の作成は手間がかかり、コストも高く、検査機関に高い分析技術が求められるという課題がありました。
そこで研究グループは、遺伝子発現解析などで使われる「comparative Ct法(ΔΔCt法)」の考え方を応用しました。この方法では、対象の遺伝子(今回は組換え遺伝子)とその生物種に固有の基準遺伝子(トウモロコシではzSSIIb遺伝子、大豆ではLectin遺伝子)のCt値の差を試料ごとに求め(これをΔCtと呼ぶ)、さらに表示基準値に含有率を合わせた「QCサンプル(品質管理用サンプル)」のΔCtと、検査対象サンプルのΔCtとの差(ΔΔCt)を計算します。検量線を作らず、QCサンプルとの相対比較だけで判定できる点が特徴です。
検証には、遺伝子組換え大豆ZH6106、遺伝子組換えトウモロコシBFL4-2、同BBL2-2の3種類の作物が使われました。それぞれ含有率5%・2%(またはBBL2-2は3%)・1%・0.5%・0.1%の試料と、非組換えの対照(大豆Zhonghuang 10、トウモロコシZheng 58)が用意され、QCサンプルの含有率は大豆ZH6106とトウモロコシBFL4-2で1%、トウモロコシBBL2-2で3%に設定されました。これらの試料を8つの検査機関に配布し、独立に測定してもらう「機関間共同試験」という形で頑健性が確かめられました。各機関は各含有率について3つのサブサンプルを用意し、それぞれ少なくとも3回ずつPCR測定を行っています。
わかったこと
研究グループはまず、ENGL(欧州GMO研究所ネットワーク)などの基準に基づき、測定値の許容ずれ幅(真度で±25%以内など)をもとに、ΔΔCt値の判定基準(カットオフ値)を理論的に算出しました。その結果、ΔΔCt値が±0.4の範囲内であれば、増幅効率が0.9〜1.1の範囲でも、算出される含有率の誤差が許容範囲に収まることが示され、「ΔΔCt=±0.4」を判定基準として採用しました。
この基準に基づくと、試料は次の3グループに分類されます。ΔΔCtが−0.4未満であれば、GMO含有率はQCサンプル(=表示基準値)より明らかに高い。ΔΔCtが0.4を超えれば、含有率は基準値より明らかに低い。ΔΔCtが−0.4から0.4の範囲であれば、含有率は基準値に近いと判定されます。8機関による共同試験の結果、大豆ZH6106・トウモロコシBFL4-2・BBL2-2のいずれについても、この判定は期待通りの結果と一致したと報告されています。例えば大豆ZH6106(QC含有率1%)では、2%・5%の試料はΔΔCt<−0.4、0.1%・0.5%の試料はΔΔCt>0.4、1%の試料は−0.4≤ΔΔCt≤0.4となり、いずれも正しく分類されました。
なお、8機関・15試料のデータのうち、ある1機関では2%トウモロコシBFL4-2と0.1%トウモロコシBBL2-2の測定値が理論値からややずれましたが、これは操作上の誤差によるものと推測されており、「基準値に近い」グループの判定を誤らせるものではなかったとされています。この方法は、基準値を超えるか下回るかの判定に加えて、増幅効率を1.0と仮定した簡易計算式を使うことで、含有率のおおまかな半定量的な見積もりも可能だと報告されています。ただしこの半定量的な計算は、ΔΔCtが−0.4より小さいか0.4より大きい場合、つまり含有率がQCサンプルと明らかに異なる場合にのみ適用でき、あくまで概算にとどまるとされています。正確な含有率が必要な場合は、従来通り検量線を用いた絶対定量が必要になるとしています。
この研究の位置づけと注意点
著者らは、既存の高精度な定量手法であるデジタルPCR(dPCR)とも比較しています。dPCRは検量線なしで高い定量精度が得られる一方、専用機器や高価な消耗品が必要で、検査に時間もかかるため大量検査には不向きだとされています。これに対し今回のΔΔCt法は、検査機関に広く普及している通常のqPCR機器で追加コストなく実施できる点が利点として挙げられていますが、あくまで迅速なスクリーニング用の手法であり、精密な定量や標準物質の値付けにはdPCRのような手法が引き続き必要だとされています。また、この研究で使われた試料は認証標準物質ではなく、研究グループが自ら調製したものであり、その含有率は今回の機関間共同試験によって別途確認されたものである点にも触れられています。半定量的な含有率推定を行う場合には、検査機関側で実験操作を標準化することが必要だとも述べられています。本研究は1つの論文で示された結果であり、さらなる検証や実運用での知見の蓄積が今後の課題といえます。
まとめ
この研究では、GMOの表示基準に対する適合性を、検量線を作らずに素早く判定できるΔΔCt法が提案され、大豆とトウモロコシを用いた8機関間の共同試験によってその判定基準(ΔΔCt=±0.4)の頑健性が確認されたと報告されています。この手法は、規制に基づく大量検査を効率化する実用的なツールとして位置づけられていますが、正確な含有率の把握にはなお従来の絶対定量法が必要とされる場面もあるとされています。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):表示基準に対する迅速なGMOコンプライアンススクリーニングのための検量線不要ΔΔCt法(フロンティアーズ・イン・プラントサイエンス・2026年08月)著者:Mei Dong(Inspection and Testing Center for Ecological and Environmental Risk Assessment of Plant and Plant-Related Microorganisms of the Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Biotechnology Research Institute, Chinese Academy of Agricultural Sciences)、Tingting Wen(Inspection and Testing Center for Ecological and Environmental Risk Assessment of Plant and Plant-Related Microorganisms of the Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Biotechnology Research Institute, Chinese Academy of Agricultural Sciences)、Lixia Meng(Inspection and Testing Center for Ecological and Environmental Risk Assessment of Plant and Plant-Related Microorganisms of the Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Biotechnology Research Institute, Chinese Academy of Agricultural Sciences)、Chaohua Miao(Inspection and Testing Center for Ecological and Environmental Risk Assessment of Plant and Plant-Related Microorganisms of the Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Biotechnology Research Institute, Chinese Academy of Agricultural Sciences)、Weixiao Liu(Inspection and Testing Center for Ecological and Environmental Risk Assessment of Plant and Plant-Related Microorganisms of the Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Biotechnology Research Institute, Chinese Academy of Agricultural Sciences)、Jihong Zhang(Inspection and Testing Center for Ecological and Environmental Risk Assessment of Plant and Plant-Related Microorganisms of the Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Biotechnology Research Institute, Chinese Academy of Agricultural Sciences)、Yusong Wan(Inspection and Testing Center for Ecological and Environmental Risk Assessment of Plant and Plant-Related Microorganisms of the Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Biotechnology Research Institute, Chinese Academy of Agricultural Sciences)、Wujun Jin(Inspection and Testing Center for Ecological and Environmental Risk Assessment of Plant and Plant-Related Microorganisms of the Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Biotechnology Research Institute, Chinese Academy of Agricultural Sciences)