毎日どれくらい水を飲むべきか、と聞かれてはっきり答えられる人は少ないかもしれません。実は栄養科学の中でも、水分摂取は最も研究が乏しいテーマの一つとされ、「忘れられた栄養素」とも呼ばれてきました。今回紹介するのは、水分摂取が健康や病気とどう関わるのかをまとめた総説論文です。著者はアリゾナ州立大学(アメリカ)に所属するAbigail T. Colburn氏、Holly Emmanuel氏、Stavros A. Kavouras氏です。
水の推奨摂取量はまだ定まっていない
論文はまず、水についてはいわゆる「推奨栄養所要量(RDA)」がいまだに設定されていないと指摘しています。その代わりに「目安量(Adequate Intake)」として、18歳を超える座りがちな生活を送る成人男性で1日3.7リットル、女性で1日2.7リットルという値が提案されてきました。これらの数値はもともと人々が実際にどれくらい水分を摂っているかという集団の消費データに基づくものですが、論文によれば近年の科学的知見によってもこの水準は支持されているといいます。
体内の水分バランスは、複数の恒常性維持のしくみによって調節されています。中心的な役割を果たすのが「アルギニンバソプレシン(AVP)」というホルモンで、これは「抗利尿ホルモン」とも呼ばれます。AVPは体内の浸透圧を感知する受容体(浸透圧受容器)や血圧を感知する受容体(圧受容器)によって調節されており、主な働きの一つが尿量を減らすことです。喉の渇き(口渇感)は、体が水分不足に陥ったときの摂取サインとして機能しうると考えられていますが、論文は、喉が渇いていなくても水分摂取が不十分な状態(underhydration、水分不足状態)が起こりうると述べています。
水分不足とAVP上昇が関わるとされる健康への影響
論文では、AVPの上昇や水分不足の状態が、さまざまな健康上の悪影響と関連づけられていると紹介されています。具体的には、心血管の健康、気分、腎機能、血糖の調節、慢性疾患の発症、老化の進行、そして死亡率の上昇といった項目が挙げられています。
また、水分摂取は身体活動時、とりわけ暑い環境下での運動時に特に重要だとされています。発汗によって失われた水分を補うことは、体温調節の過程で体液や電解質のバランスを保つうえで欠かせない要素だと述べられています。
この総説を読むうえでの位置づけ
この論文はこれまでに蓄積された研究知見をまとめた総説(レビュー)であり、著者ら自身が新たに実験やデータ収集を行ったものではありません。目安量の数値についても、論文自身が「population consumption data(人々の実際の消費データ)」に基づくものであると述べており、絶対的な基準というより、集団の観察データと近年の科学的知見の両方に支えられた推定値という位置づけです。個々の健康影響についても、断定的な結論ではなく、関連が示唆されているという形で紹介されている点に留意する必要があります。
まとめ
今回の総説は、水分摂取が栄養学の中で見過ごされがちなテーマであることを踏まえ、体液バランスを調節するホルモンのしくみや、水分不足が心血管・腎臓・血糖調節・気分・老化など幅広い領域に関連しうることを整理したものです。結論として著者らは、砂糖を加えていない飲みやすい飲料を通じて水分摂取量を増やすことが、簡便で費用対効果の高い、集団の健康改善につながりうる方策だとまとめています。今後も水分摂取と健康の関係について、さらなる研究の蓄積が期待されるテーマといえそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:[スペイン語訳]水、忘れられた栄養素:健康と疾患における役割のレビュー(ペンサール・エン・モビミエント:運動・健康科学ジャーナル・2026年08月)