著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Food Chemistry: X
ライセンス: CC BY-NC 4.0 対象: 公開論文 確認元: Crossref
ドライソーセージやサラミのような発酵肉製品は、保存性や独特の風味が魅力ですが、製造・保存の過程で脂質やタンパク質が酸化してしまうことが品質低下の一因になります。酸化が進むと、風味の劣化や好ましくない成分の生成につながるため、食品科学の分野では抗酸化性のある微生物を発酵に活用する研究が進められています。今回紹介する研究では、発酵に使われる酵母の一種であるDebaryomyces hansenii HRB1株に、あえて軽い酸化ストレスを与えることで抗酸化能力を鍛える、というユニークな発想の手法が検討されました。
研究でわかったこと
研究チームは、過酸化水素(2 mM)を40分間作用させるという「酸化前処理」を酵母D. hansenii HRB1に施しました。これは、あらかじめ軽いストレスを経験させることで、その後のより大きなストレスに対する耐性を高める「交差防御(クロスプロテクション)」という考え方に基づく手法だと説明されています。
この前処理を行った結果、酵母の細胞内抽出物が持つラジカル消去活性が高まったことが報告されています。具体的には、DPPHラジカル、ヒドロキシルラジカル、スーパーオキシドアニオンラジカルという3種類の活性酸素・ラジカルに対する消去能力が、未処理の対照群と比べてそれぞれ16.99%、32.64%、27.68%向上したとされています。
さらに、この酸化前処理を施した酵母を実際のドライソーセージの発酵に接種したところ、製品の酸化を効果的に抑える働きが確認されました。酸化の進行度を示す指標として、過酸化物価が0.63 mmol/kg、脂質酸化の指標であるTBARS値が0.42 mg MDA/kg、タンパク質酸化の指標であるカルボニル含量が7.37 nmol/mgタンパク質まで低下したことが示されています。加えて、好ましい香気成分(揮発性化合物)の生成が促され、官能評価による品質も向上したと報告されています。
これらの結果から、酸化前処理によって酵母自身の細胞内抗酸化システムが活性化され、それがドライソーセージの物理化学的性質、酸化安定性、風味プロファイルという複数の側面での改善につながったと考察されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、特定の酵母株(D. hansenii HRB1)と特定の実験条件(過酸化水素2 mM・40分間の前処理)のもとで得られた結果です。研究チームは、こうした微生物の意図的な馴化(順化)を通じた交差防御効果が、添加物に頼らない「クリーンラベル」で天然由来の保存性を持つ食肉製品の開発に向けた理論的な基盤になりうると位置づけています。一方で、これは一つの研究による知見であり、他の酵母株や食品、異なる条件下でも同様の効果が得られるかどうかは、この要旨だけでは分かりません。また、ここで示されている数値は実験室的な評価によるものであり、実際の食品としての安全性や健康への効果を直接示すものではない点にも留意が必要です。
まとめ
今回紹介した研究は、発酵に使う酵母にあらかじめ軽い酸化ストレスを与えることで抗酸化能力を高め、それを発酵ドライソーセージに応用することで酸化の抑制や風味の改善につながる可能性を示したものです。微生物自身の適応能力を利用するというアプローチは、食品の酸化対策を考えるうえで興味深い視点を提供してくれます。今後、さらなる研究の積み重ねによって、この手法の応用可能性が明らかになっていくことが期待されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):Debaryomyces hansenii HRB1の酸化前処理ストレス:発酵ドライソーセージの抗酸化能と品質特性を高める新手法(フード・ケミストリー:エックス・2026年07月)
原著論文の著者・所属:Yuan Tian(Northeast Agricultural University, Harbin, Heilongjiang 150030, China; Institute of Microbiology, Heilongjiang Academy of Sciences, Harbin, Heilongjiang 150010, China)、Gengxuan Yan(Institute of Microbiology, Heilongjiang Academy of Sciences, Harbin, Heilongjiang 150010, China; Northeast Forestry University, Harbin, Heilongjiang 150040, China)、Chong Yu(Institute of Microbiology, Heilongjiang Academy of Sciences, Harbin, Heilongjiang 150010, China)、Yumeng Sui(Northeast Agricultural University, Harbin, Heilongjiang 150030, China)、Baohua Kong(Northeast Agricultural University, Harbin, Heilongjiang 150030, China)、Qian Chen(Northeast Agricultural University, Harbin, Heilongjiang 150030, China; Corresponding author.)