この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Rice
ライセンス: CC BY-NC-ND 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
香り米は炊いたときのポップコーンのような独特の香りが特徴で、この香りの主成分は「2-アセチル-1-ピロリン(2-AP)」という物質だと知られています。一方で、稲は栽培中にリン欠乏や塩害、乾燥、カドミウム汚染といったさまざまな環境ストレスにさらされ、収量や品質に影響を受けることがあります。香りを良くすることとストレスに強くすることは、これまで別々の課題として扱われがちでしたが、もし両方を同時に高める方法があれば栽培の現場にとって有用かもしれません。今回紹介する研究は、香り米の根の周り(根圏)に生息する微生物に着目し、この2つの課題をつなぐ仕組みを探ったものです。
研究でわかったこと
研究チームは、香り米の根圏から新たにRhizopus属のカビの一種である菌株「TYR1」(CGMCC NO: 42112として登録)を単離しました。圃場試験、鉢植え試験、水耕栽培、プレートを用いた実験に加え、遺伝子発現解析(トランスクリプトーム)やqRT-PCR、代謝物の定量、酵素活性の測定などを組み合わせて、この菌が稲にどのような影響を与えるかが調べられました。
その結果、TYR1は稲の根に特異的に定着し、米粒中の2-AP含量を2023年の圃場試験で38.04%、2024年の圃場試験で48.37%増加させたと報告されています。同時に、リン欠乏、鉄欠乏、カドミウム毒性、塩ストレス、乾燥ストレスという5種類の非生物的ストレスへの耐性も高まったとされ、ストレス条件下での地上部の新鮮重は25〜62%、葉の緑色の濃さを示すSPAD値は18〜35%増加したことが示されています。さらに、TYR1処理によって千粒重や結実率といった収量に関わる形質は損なわれず、玄米率や精米率といった精米品質、食味値といった食味も有意に向上したとされています。
メカニズムについても検討が行われました。TYR1は生理活性を持つ化合物を分泌し、これが植物のジャスモン酸(JA)というシグナル伝達経路を活性化させることが示唆されています(JAとJA-Ileがそれぞれ2.8倍、3.2倍に増加)。このJAシグナルの活性化が、プロリンという物質の合成に関わる遺伝子(OsP5CS1/OsP5CS2)や分解に関わる遺伝子(OsProDH)の発現を高め、結果としてプロリンが2.1倍に蓄積したとされています。プロリンは、浸透圧の調整や活性酸素(ROS)を除去する役割によってストレス耐性を支えると同時に、メチルグリオキサールという物質と非酵素的に反応することで2-APの合成に直接関わる前駆体としても機能すると報告されています。さらに、JAシグナルを阻害する薬剤(DIECA)を用いた実験では、プロリンの蓄積と2-APの増加がいずれも失われたことから、JAシグナルがストレス応答と香り成分の合成という2つの現象を結びつける役割を担っている可能性が示されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、特定のカビ由来菌株を用いた実験室および圃場での試験に基づくものであり、対象は香り米という特定の作物です。示された数値や効果は、この研究で用いられた条件・品種・年次における結果であり、他の作物や栽培環境、地域でも同様の効果が得られるかどうかは、この要旨だけでは分かりません。また、本研究はメカニズムの一端としてJA-プロリンという代謝の関わりを示したものであり、これが唯一の経路であるとは述べられていません。あくまで一つの研究であり、結論が確定したわけではない点に留意する必要があります。
まとめ
この研究では、香り米の根圏から単離されたRhizopus属菌株TYR1が、ジャスモン酸シグナルとプロリン代謝を介して、香り成分2-APの増加と複数の非生物的ストレスへの耐性向上を同時にもたらす可能性が報告されています。収量形質を損なわずに精米品質や食味を向上させたことも示されており、緑色バイオ肥料の開発に向けた微生物資源としての可能性が示唆されています。今後さらなる研究の積み重ねによって、こうした知見がどこまで応用できるのかが明らかになっていくことが期待されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):Rhizopus菌が誘導するJA-プロリンモジュールにより2-アセチル-1-ピロリン含量と多重ストレス耐性が向上した香り米(ライス・2026年08月)
著者:Ye Tao(Institute of Food Crops, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Nanjing, 210014, China)、Chen Chen(College of Life Sciences, Nanjing Agricultural University, Nanjing, 210095, China)、Chunfang Zhao(Institute of Food Crops, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Nanjing, 210014, China)、Changwei Zhou(College of Life Sciences, Nanjing Agricultural University, Nanjing, 210095, China)、Ling Zhao(Institute of Food Crops, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Nanjing, 210014, China)、Xiaodong Wei(Institute of Food Crops, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Nanjing, 210014, China)、Hongqiang An(Institute of Food Crops, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Nanjing, 210014, China)、Lihui Zhou(Institute of Food Crops, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Nanjing, 210014, China)、Shu Yao(Institute of Food Crops, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Nanjing, 210014, China)、Luo L(School of Life Science and Food Engineering, Huaiyin Institute of Technology, Huaian, 223003, China)、Cailin Wang(Institute of Food Crops, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Nanjing, 210014, China)、Yadong Zhang(Institute of Food Crops, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Nanjing, 210014, China)