マグロは水揚げされてから加工・輸出されるまで、一貫して低温に保たれて初めて品質が保たれる。この『コールドチェーン(低温物流)』が漁業者側(アップストリーム)と加工業者側(アグロインダストリー、ダウンストリーム)でバラバラに評価されがちだという課題に着目し、両者を一つの物差しで測ろうとした研究がある。舞台はインドネシア・バリ島のブノア港周辺で、国営のマグロ加工輸出企業と、その周辺で操業する漁業者たちが対象になった。
インドネシアのマグロ輸出は、2017年から2021年にかけて数量ベースでは年平均2.52%の減少傾向にある一方、金額ベースでは2.73%の増加傾向にあるという。輸出先国の品質・安全基準への対応が輸出の可否を左右する中、低温管理の不備は食品ロスや公衆衛生リスクにも直結するとされ、コールドチェーンの実態把握が急務とされていた。
誰を対象に、どう調べたのか
研究チームは2024年4月から2025年11月にかけて、現地調査と聞き取りを行った。対象になった漁業者は約20名で、その多くは3〜4人乗り組みの手釣り漁船を操る小規模漁業者だという。出漁は15〜20日間、1回の漁での平均漁獲量は2〜3トン、船内の氷は大きな魚倉で300個、小さな魚倉で275個のブロックを積み込める、といった具体的な操業条件が示されている。乗組員は兄弟同士で構成される家族的な体制が一般的で、平均年齢は36.5歳、学歴は高校卒業程度が中心だったとされる。
評価に使われた枠組みは、サプライチェーンの国際標準である『SCOR』を発展させた最新版『SCOR DS(デジタルスタンダード)』で、これは環境・社会面の指標を新たに組み込んでいる点が特徴とされる。この枠組みに沿って、加工業者側で24項目、漁業者側で19項目の評価指標が、文献調査と専門家の合意に基づいて選ばれた。指標の重み付けには階層分析法(AHP)が使われ、政府機関、業界団体、企業関係者など7名の専門家による1対9のペア比較評価が用いられている。さらに、低かった項目をどう改善するかという対策の優先順位づけには、AHPに『あいまいさ』の概念を加えたファジィAHPという手法が使われた。
浮かび上がった数値と課題
評価の結果、加工業者側の総合パフォーマンスは69.99%、漁業者側は74%と算出され、いずれも『中程度(moderate)』の区分に位置づけられた(この研究で用いられた基準では、70〜79%が『中程度』とされている)。
特にスコアが低かった項目として、格下げ(ダウングレード、品質等級の低下)、付加価値・副産物の創出、市場対応の柔軟性(マーケット・ディレクション・フレキシビリティ)、固定資産利益率(ROFA)が挙げられている。現地の状況としては、主要な漁獲パートナーの一つが船上に急速冷凍設備を備える一方で冷蔵倉庫を持たず、もう一つのパートナーは冷蔵倉庫を持つものの漁船を自社保有せず45〜50隻の手釣り漁船と提携する体制であること、いずれも適正な取り扱いを証明する認証(CPIBやHACCP)を取得していないことなどが記録されている。また、大口取引先の一社との取引が2022年を最後に途絶えており、その理由として先方が求める認証取得や漁業改善プログラムへの参加が実現できなかった点も挙げられている。
こうした低評価項目への対応策をファジィAHPで検討した結果、優先すべき選択肢として『パートナーシップの強化』と『人材の能力開発』が示された。これは、供給網に関わる関係者同士の協力が全体の効率向上に欠かせないという結論につながっている。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、インドネシア・バリ島の特定企業とその関連漁業者を対象にした事例研究であり、著者ら自身も、データ収集が限られた期間と地域範囲に限定されている点を制約として挙げている。したがって、ここで示された69.99%や74%といった数値やパフォーマンス区分は、この事例に固有のものであり、マグロ産業全般やインドネシア全体の状況をそのまま表すものではない点に注意が必要である。
また、この研究はコールドチェーンの『パフォーマンス測定の枠組み』と『改善策の優先順位づけ手法』を提案・検証するものであり、特定の食品の安全性や健康影響を評価したものではない。一つの事例研究として読むのが妥当である。
まとめ
マグロが水揚げから輸出まで低温に保たれる仕組みは、漁業者と加工業者という別々の立場を橋渡ししないと全体像が見えにくい。この研究は、SCOR DSという国際的な枠組みとAHP・ファジィAHPという意思決定手法を組み合わせることで、両者を一つの物差しで評価し、どこを・どう改善すべきかを具体的に示そうとした試みだと言える。示された『中程度』という評価や、格下げ・付加価値・市場対応力といった弱点は、今後の改善に向けた出発点として位置づけられている。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Raden Bagus Tri Joko Wibowo, Marimin, Machfud, et al. MANAGING SUSTAINABILITY IMPROVEMENT OF THE TUNA COLD CHAIN THROUGH INTEGRATED PERFORMANCE MEASUREMENT USING SCOR DS, AHP, AND FUZZY AHP. 国際階層分析法ジャーナル (2026). DOI: 10.13033/ijahp.v18i2.1412.