魚醤は魚を塩とともに長期間発酵させてつくる調味料で、独特のうま味と香りが特徴です。ただし伝統的な魚醤づくりには高い塩分濃度が必要で、発酵に時間もかかることが知られています。近年は塩分を抑えつつ発酵を助ける微生物を活用することで、風味づくりの過程をコントロールしようとする研究が進められています。今回紹介する研究では、キハダマグロの加工時に生じる「血合肉」という部位を原料に、低塩の魚醤を発酵させる際に、2種類の微生物を組み合わせることで風味や品質にどのような変化が起こるのかが調べられました。
研究でわかったこと
この研究では、キハダマグロの血合肉を原料にした低塩魚醤において、乳酸菌の一種であるPediococcus acidilactici(ペディオコッカス・アシディラクティシ)と、ブドウ球菌の一種であるStaphylococcus xylosus(スタフィロコッカス・キシローサス)を組み合わせて発酵させ、その仕組みが物理化学的な性質、微生物群集、代謝物の変化という複数の角度から分析されました。
その結果、この2種の菌を1対2の比率で組み合わせて発酵させると、うま味成分の指標となるアミノ態窒素の含量が相乗的に増加し、0.7 g/100 mL以上になったことが報告されています。また、DNAを網羅的に読み取る手法(アンプリコンシーケンシング)により、無発酵群・単一菌株発酵群・混合発酵群それぞれで異なる微生物群集が形成されていることが確認されました。無発酵群と混合発酵群を比べたところ、8つの中心的な差異菌属が特定され、混合発酵群ではLactiplantibacillus属とPediococcus属が優占していたとされています。
さらに、香り成分を分析する手法(SPME-GC-MS)と、非揮発性の代謝物を分析する手法(LC-MS)を用いた結果、無発酵群と比べて混合発酵群では16種類の主要な香り関連代謝物と、20種類の減少した非揮発性代謝物が確認されました。これらの代謝物は、果実様・脂肪様・チーズ様といった風味を高める方向に働いていたことが示唆されています。また、これらの変化はABCトランスポーター経路やプリン・ヌクレオチド代謝経路などに関連していたと報告されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、特定の菌株の組み合わせと比率のもとで得られた結果であり、原料や発酵条件が異なれば同様の効果が得られるとは限りません。また、今回の知見はあくまで一つの研究によるものであり、風味改善のメカニズムについて理論的・技術的な手がかりを示すものとして位置づけられています。健康への効果を検証したものではなく、あくまで低塩魚醤の製造工程や風味づくりに関する基礎研究である点にも留意が必要です。
まとめ
今回の研究では、キハダマグロの血合肉を使った低塩魚醤において、2種類の微生物を最適な比率で組み合わせて発酵させることで、うま味成分が増え、微生物群集や香り・味に関わる代謝物にも特徴的な変化が生じることが報告されました。低塩でありながら風味豊かな魚醤づくりに向けた、発酵プロセスの理解を深める研究といえそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:マルチオミクス解析が明らかにする、低塩キハダマグロ血合肉魚醤の品質・風味改善におけるPediococcus acidilacticiとStaphylococcus xylosus混合発酵の相乗機構(フード・ケミストリー:エックス・2026年07月)