野菜づくりに使う灌漑用水は、単なる水やり以上の役割を果たしているかもしれません。都市近郊の農地では、生活排水や有機物を含む河川水が畑に引き込まれることが珍しくなく、そこに溶け込んだ窒素やリンが作物の肥料代わりになっている可能性が指摘されています。今回紹介する研究は、ベトナム・ハノイ近郊の紅河(ホン川)流域の沖積土を対象に、水質の異なる灌漑用水がマスタードグリーン(からし菜の一種、Brassica juncea L.)の生育や収量、そして硝酸塩の蓄積にどう影響するかを調べたものです。

研究チームにはベトナム水資源科学アカデミー傘下の研究所や、ベトナム国立農業大学農学部、Thuyloi大学水資源工学科などに所属する研究者が名を連ねています。

どのように調べたのか

実験では、品種「PD518」のマスタードグリーンをネットハウス内の鉢(68×42×19.5cm、表面積0.2856平方メートル)で栽培し、2023年11月から2024年4月にかけて3作(第1作・第2作・第3作)にわたり栽培を繰り返しました。比較したのはカウバイ川(バクフンハイ灌漑システムの支流)の水、ベトナム国立農業大学の処理施設で処理された生活排水、そして地下水(井戸水)の3種類です。処理区は、(1)カウバイ川水のみ、(2)処理排水のみ、(3)地下水のみ、(4)地下水に化学肥料を追加、の4パターンで、いずれも土壌にはウシ由来の堆肥を基肥として施し、化学肥料区にはさらに尿素・過リン酸石灰・塩化カリウムを規定量加えています。水質は各作期に3回測定し、pH、溶存酸素、窒素・リン化合物、COD・BOD、大腸菌群数などを分析しました。

収穫は播種から28日後に行い、草丈や葉数、根の長さ・本数・重さ、SPAD値(葉緑素含量の目安)、乾物重、Brix値(糖度の指標)、そして硝酸塩含量を測定しています。硝酸塩はISO 14256-2:2020という国際規格に基づき、紫外可視分光光度法で分析されました。

研究でわかったこと

まず水質そのものについて、カウバイ川の水はベトナムの地表水基準(QCVN 08:2023/BTNMT)と比べて窒素濃度が3〜10倍高く、有機物汚染も見られました。処理排水も窒素・リン・BOD・CODがおおむね基準の1.5〜2倍程度高い水準でした。一方、地下水はおおむね灌漑用水としての基準を満たしていたとされています。

灌漑1作あたりの窒素供給量を試算したところ、カウバイ川水はヘクタールあたり約21.7kg、処理排水は約19.26kg、地下水はわずか約2.10kgの窒素を供給していたと報告されています。これは、推奨される化学肥料の窒素施用量(ヘクタールあたり70kg)に対して、それぞれ約31.0%、27.5%、3.0%に相当する量です。つまり、川の水や処理排水を撒くこと自体が、化学肥料の3割弱を代替しうる規模の窒素供給になっていたことになります。

この窒素供給の違いは生育や収量にはっきり表れました。地下水のみ(肥料なし)の区は総じて最も生育が悪く、草丈や根の本数、乾物重が低い傾向を示した一方、川の水や処理排水を使った区は肥料なしでも中間的な生育を示し、収量は地下水のみの区に比べて30〜70%増加したとされています。ただし、最も高い収量が得られたのは地下水に化学肥料を加えた区であり、灌漑水由来の栄養だけでは化学肥料に完全には置き換わらなかった点も明記されています。

一方で見過ごせないのが硝酸塩の蓄積です。化学肥料を施した区の硝酸塩含量は他の区の2〜3倍に達し、いずれの作期でも統計的に有意な差があったとされています。相関分析では、硝酸塩含量は総収量(相関係数r=0.80〜0.95)や個体あたり収量(r=0.70〜0.90)、根の本数(r=0.80〜0.93)と強い正の相関を示しました。さらに主成分分析やクラスター分析からも、生育・収量・硝酸塩蓄積が同じ「窒素供給量」という軸に沿って動いていることが確認されています。つまり、窒素をたくさん与えるほど収量は伸びる一方で、野菜内部の硝酸塩も同時に増えるという、生産性と品質(食品としての安全性の目安)のトレードオフが浮かび上がった形です。

この研究の読み方・注意点

この研究は温室内での鉢栽培による3作分の実験結果であり、露地栽培や他の土壌・気候条件、他の野菜種にそのまま当てはまるとは限りません。また、著者らは、灌漑水由来の窒素は化学肥料を部分的に補うものであり、完全に代替できるものではないと述べています。さらに、カウバイ川水や処理排水は大腸菌群数が地下水より多く検出されており、窒素供給という利点と衛生面のリスクは別の観点として考慮する必要がある点にも注意が必要です。硝酸塩含量についても、ベトナムの基準(1kgあたり500mg)やWHO基準(同300mg)と比較した記載があり、化学肥料区の値はこれらの基準を上回る場合があったことも踏まえておく必要があります。あくまで一つの研究であり、結論が確定したわけではありません。

まとめ

この研究は、農業用の灌漑水が単なる「水」ではなく、窒素などの栄養を運ぶ経路にもなりうることを、ベトナムの沖積土壌でのマスタードグリーン栽培を通じて具体的な数値で示しました。栄養豊富な水は生育や収量を底上げする一方、硝酸塩の蓄積という食品品質面の課題も同時に引き起こすため、灌漑水の水質を肥料計画に組み込むことが、資源の有効利用と食品安全の両立にとって重要だと著者らは指摘しています。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Thu Thi Kim Duong, Nga Thi Hang Nguyen, Dinh Thi Ngoc Nguyen, et al. Dynamics of growth, yield and quality traits of mustard greens (Brassica juncea L.) under the using of nutrient-rich irrigation water resources. ジャーナル・オブ・エコロジカル・エンジニアリング (2026). DOI: 10.12911/22998993/221922. 原著ライセンス: cc-by.