著者の所属・活動拠点の国は、韓国、インドネシアです。
掲載誌:Journal of Microbiology and Biotechnology
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的:食品づくりを支える菌類と安全性の枠組み
カビ、酵母、キノコを含む菌類は、食品産業で古くから使われてきました。東アジアではコウジカビ(Aspergillus oryzae)などが伝統的な発酵食品の味や香りに関わり、チーズや醸造ではアオカビの仲間や酵母が使われています。菌類が作る酵素や有機酸も、さまざまな食品の製造に利用されています。
一方で、菌類には植物や動物に病気を起こす種や、マイコトキシン(カビ毒)と呼ばれる有害な物質を作る種もあります。そのため、菌類やそこから得られる成分を食品に使う前には、適切な安全性評価が欠かせません。
この総説で著者らは、国際的に知られる二つの制度を取り上げています。一つは欧州食品安全機関(EFSA)の「QPS(安全性の適格推定)」で、微生物を分類上のまとまりごとに評価します。もう一つは米国食品医薬品局(FDA)の「GRAS(一般に安全と認められる物質)」届出制度で、決められた使用条件で作られる特定の物質を対象とします。著者らは、両制度に登場する菌類を整理し、特にコウジカビの仲間であるアスペルギルス属に注目して、その利用の現状と展望をまとめました。
二つの制度の記録を調べた結果
著者らによると、2026年1月時点のEFSAの届出一覧には1,539件の微生物の届出が載っており、そのうち糸状菌(いわゆるカビ)が425件、酵母が164件でした。著者らはこれらを種のレベルで手作業により確認し、重複を除いて整理しています。糸状菌ではアスペルギルス属が最も多く使われており、中でもクロコウジカビ(A. niger)が酵素生産や飼料添加物など幅広い用途に届け出られていました。2番目に多いのはトリコデルマ属でした。酵母ではパン酵母や醸造酵母として知られるサッカロミセス・セレビシエが最も多く届け出られていました。
著者らは、この届出一覧は「QPSとして推奨された微生物のリスト」とは別物であり、一覧に載っていることがQPSの地位を得たことを意味するわけではないと注意を促しています。
米国のGRAS届出については、2026年1月時点で公開されている約1,290件すべてを著者らが体系的に確認しました。その結果、菌類を生産に使う、または菌類に由来する物質に関する届出が169件見つかりました。内訳は糸状菌が108件、キノコが6件、酵母が55件です。糸状菌ではアスペルギルス属が48件で最も多く、主に食品用酵素の生産に関わっていました。酵母では、サッカロミセス・セレビシエに次いでコマガタエラ・ファフィ(旧名ピキア・パストリス)が多く、甘味たんぱく質や、代替たんぱく質・代替肉向けのたんぱく質を作る宿主として使われていました。
著者らは、FDAが「質問なし」と回答することは承認ではなく、届出された使用条件での結論に追加の質問がないという意味にとどまると説明しています。また、GRASの結論は特定の製法で作られた特定の物質に対するもので、菌の種全体が安全と認められたことにはならないと強調しています。
アスペルギルス属の産業利用と菌株の改良
アスペルギルス属は約450種が知られ、病気を起こす種やカビ毒を作る種も含まれますが、多くの種が食品産業で広く利用されています。論文では、クロコウジカビとコウジカビの二種について詳しく紹介しています。
クロコウジカビは、クエン酸や、アミラーゼなどの産業用酵素を作る代表的な菌です。著者らによると、GRAS届出のうち27件がこの菌を生産に使っており、EFSAの届出一覧では約70件がこの菌に関係していました。この菌はカビ毒のオクラトキシンAやフモニシンなどを作ることが報告されているため、企業は自社の菌株を改良してきました。たとえば、たんぱく質の生産効率を高めるとともに、フモニシンを作る遺伝子群などを取り除いた菌株が開発され、さまざまな酵素の生産に使われています。
コウジカビは、日本では「国菌」とされる株があるほど伝統的な発酵食品と深く結びついた菌です。醤油づくりでは、大豆のたんぱく質や炭水化物を分解する酵素を出す役割を担います。著者らによると、コウジカビは主要なカビ毒を作るとは広く報告されていない一方、シクロピアゾン酸や3-ニトロプロピオン酸といった物質への懸念が残っています。GRAS届出ではコウジカビに関わるものが20件見つかり、その多くで一つの野生株から出発し、不要なたんぱく質分解酵素の遺伝子や、こうした懸念物質を作る能力を段階的に取り除いた系統の菌株が使われていました。ゲノム編集技術のCRISPR/Cas9で複数の遺伝子を改変し、甘味たんぱく質ブラゼインの生産に使われた例も紹介されています。
ただし著者らは、届出情報だけでは、EFSAの記録に載る菌株とGRAS届出の菌株が同じものかどうかは判断できないとも述べています。
この総説が示すこと
著者らは今後の展望として、CRISPR/Cas9による複数遺伝子の同時編集や、人工知能と多様な分子データを組み合わせた解析が、生産性と安全性を兼ね備えた菌株の開発を後押しするとの見方を示しています。同時に、遺伝子の改変だけでは安全性の証明として十分でないとし、有害物質が含まれないことの分析確認、最終製品の毒性評価、アレルギーを起こす可能性の評価が必要だと述べています。
この総説は、食品に使われる菌類が欧州と米国の制度の中でどのように扱われているかを具体的な記録から整理したものです。届出に載ることと安全性が認められることの違いや、制度上の結論が菌の種全体ではなく特定の菌株・物質・使用条件に向けられたものであることを、あらためて示しています。
著者:He-Jin Cho(School of Food Science and Biotechnology, Kyungpook National University, Daegu 41566, Republic of Korea)、Yeon Ju Lee(School of Food Science and Biotechnology, Kyungpook National University, Daegu 41566, Republic of Korea)、Young Hoon Jung(Department of Food Science and Biotechnology, Universitas Brawijaya, Malang 65145, Indonesia)、Hee-Soo Park(Department of Advanced Bioconvergence, Kyungpook National University, Daegu 41566, Republic of Korea)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):He-Jin Cho, Yeon Ju Lee, Young Hoon Jung, et al. Applications of Fungi and Fungal-Derived Ingredients in the QPS and GRAS Systems. Journal of Microbiology and Biotechnology 2026-08-20. DOI: 10.4014/jmb.2607.07007. 原著ライセンス:CC BY.