掲載誌:Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research)
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:寺院の食を「仕組み」として見る
サットヴィック料理は、インドの伝統医学アーユルヴェーダやヨーガの考え方に根ざした植物中心の食事です。「サットヴァ」とは純粋さ・簡素さ・調和を意味する言葉で、食べ物は体だけでなく心も養うと考えられています。新鮮で季節の、加工の少ない植物性食品を使い、肉や酒、玉ねぎ、にんにくを避けるのが特徴です。インドの多くの寺院では、こうした料理をまず神への供物として調え、その後「プラサーダ」(神に供えられた後に人々へ分けられる食べ物)として参拝者や共同体で分かち合います。
著者によると、ホテルや施設の給食など現代の食のサービスは、健康、環境への配慮、利用者の満足を同時に求められています。しかし、それらを日々の運営の中で一体として実現する、文化に根ざした手本は少ないといいます。また、植物中心の食事の健康面、食事の環境負荷、宗教的な食の慣習、宿泊・飲食業の持続可能性は、これまで別々に研究されることが多かったと指摘しています。この研究は、寺院の台所を単なる宗教的な珍しさとしてではなく、栄養、儀礼、共同体、環境への配慮が結びついた一つの食のサービスとして捉え、その特徴を記述することを目指しました。
何を調べたか:台所に入り込んだ現地調査
研究の中心は、人々の暮らしの場に入り込んで観察する民族誌的な調査です。調査地はインド国内の4種類の場で、大規模な寺院の台所、国際クリシュナ意識協会(ISKCON)の共同体、伝統的なアーユルヴェーダ料理学校、サットヴィックな生活を実践する現代の共同体です。著者は、文化的に許される範囲で調理の簡単な作業を手伝いながら観察しました。調理の時間や手順、作業の分担、土鍋や薪火の使い方、供物として捧げてから分配し、皆で食べるまでの流れ、食事の場の雰囲気などを記録しています。
あわせて、寺院の世襲の料理人、僧侶、長年の信者、アーユルヴェーダの実践者、生活共同体の実践者、陶器職人など、さまざまな立場の人々を対象に、およそ50件の聞き取りを行いました。質問の大枠をあらかじめ決めつつ、相手が自由に語れる形式です。さらに、頻繁に作られ儀礼上も重要な代表的料理を選び、材料と調理法から標準的な食品成分表を使っておおよその栄養の特徴を描き出しました。地元産の食材か、燃料、器の再利用、残り物の扱いといった点から、環境への影響も簡略的に評価しています。これは個人の健康状態を測る臨床的な評価や、厳密な環境負荷の計算ではなく、全体の傾向をつかむためのものです。
主な結果:食事・儀礼・共同体・環境配慮が一体となった場
論文によれば、調べた寺院の食の仕組みでは、植物中心の献立、儀礼としての調理、皆で一緒に食べる形式、無駄を出さない工夫が、いつも組み合わさって現れていました。著者は、一品ごとの栄養だけでなく、食べ物をどう調え、どう意味づけ、どう分かち合うかというサービス全体の設計が、同じくらい重要な役割を果たしていると論じています。
聞き取りでは、参加者たちはプラサーダを安らぎ、帰属感、信頼の気持ちと結びつけて語りました。料理自体が簡素で、同じものが繰り返し出される場合でもそうだったといいます。皆で同じ時間に感謝の儀礼とともに食事をする場は、落ち着きがあり、人々を平等にし、心の支えになるものとして語られていました。
栄養面では、穀物と豆を組み合わせた料理や野菜料理など中心的な料理は、おおむね食物繊維が多く、高度に加工された食品ではなく丸ごとの食材から作られていました。伝統的な香辛料も多く使われていました。寺院の台所は、目新しさや品数を重視するのではなく、限られた料理を繰り返し一貫して作っており、著者は、簡素さや慣れ親しんだ味が栄養面の適切さと両立しうると述べています。
環境面の簡略評価では、植物性の主食、地元での調達、繰り返し使う器、残り物を分け合う強い習慣により、多くの一般的な施設給食よりも炭素排出やごみの量が少なく運営できる可能性が示されました。著者は、これが新しい技術や認証によるものではなく、倫理的・宗教的な務めや受け継がれてきた知恵、日々の規律から生まれている点を強調しています。
この研究が伝えること
著者は、サットヴィックな寺院の食を、単なる宗教料理や文化遺産ではなく、栄養、心の安らぎ、共同体、環境への配慮が互いに支え合う一つの食のサービスのモデルとして示しました。ホテルや保養施設、給食の運営者にとっては、宗教的な内容をそのまま持ち込むのではなく、簡素で繰り返し作れる植物中心の献立、皆で食事の時間を共有する形、感謝を表す習慣、余った食べ物の分配といった構造を参考にできると論じています。
ただし、この研究はインドの限られた場所を対象にした探索的な事例研究であり、結果をすべての寺院の食に一般化することはできません。また、サットヴィックな食の実践が健康や心の状態に直接の効果をもたらすという因果関係を確かめたものでもありません。宗教的な場の外でこれらの特徴がどのように機能するかは試されておらず、著者自身もそれを検証済みのモデルではなく設計上の仮説と位置づけています。そのうえでこの研究は、何を食べるかだけでなく、どのように作り、分かち合うかという食の場のあり方そのものに目を向ける視点を示しています。
原著論文の著者・所属:Dr. Supritam Basu
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dr. Supritam Basu. Satvic Temple Food for Sustainable Hospitality and Mental Well-Being. Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research) 2026-08-02. DOI: 10.5281/zenodo.21757339. 原著ライセンス:CC BY.