日本関連:この研究は海外機関を中心とする国際共同研究で、日本の研究機関に所属する共著者が参加しています。
掲載誌:The Plant Genome
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何のための研究紹介か
イネには、細菌が引き起こす白葉枯病(はくようがれびょう)と、カビが引き起こすいもち病という、収量を大きく減らす二つの病気があります。どちらも、イネがもつ「抵抗性遺伝子」によって防げる場合がありますが、病原体の側も性質が変わっていくため、どの遺伝子が今どこで効くのかを正確に知る手立てが必要になります。
この論文で著者らが紹介しているのは、そのための研究材料そのものの歴史です。着目されているのは「準同質遺伝子系統(NIL)」と呼ばれるイネの系統群で、これは遺伝的な背景をそろえたうえで、抵抗性遺伝子を一つだけ入れ替えたイネのことです。背景がそろっているため、病気の出方の違いは入れ替えた遺伝子の違いに由来すると考えやすくなり、実験の再現性が高まると著者らは説明しています。白葉枯病用の系統群はIRBB、いもち病用はIRBLと呼ばれています。
どのように作られ、どう使われてきたか
論文によれば、白葉枯病のNILという構想は1970年代後半、国際稲研究所(IRRI)と日本の国際農林水産業研究センター(JIRCAS、当時は熱帯農業研究センター)の交流のなかで生まれました。背景には、同じ病原菌でもイネの品種によって発病の仕方が大きく異なるという当時の観察があり、著者らはこれを「遺伝子対遺伝子」の考え方――植物と病原体がそれぞれ対応する遺伝子をもち、その組み合わせで感染の成否が決まるという概念――に沿うものとして位置づけています。1985年に5年間の共同プロジェクトが始まり、病理学者・育種家・遺伝学者が加わって、最初のIRBB系統が1988年と1991年に公表されました。
共通の遺伝的背景としては、当初は「奇跡のイネ」と呼ばれた品種IR8が候補でしたが、IR8自身が抵抗性遺伝子Xa11をもつことが後に分かったため、IR24が採用されたと述べられています。当時はまだ抵抗性遺伝子そのものが単離されておらず、遺伝子を見分ける目印(マーカー)もほとんどなかったため、実際の選抜は病原菌を接種して発病の様子を見る方法で進められたという点も、著者らは興味深い事実として記しています。
いもち病についても、まず品種CO39を背景とした系統が1992年に公表され、その後1990年代半ばから2010年にかけての日本とIRRIの共同研究で大きく前進しました。24個の抵抗性遺伝子(Pi遺伝子)をそれぞれ単独でもつ系統群がLijiangxintuanheigu(LTH)という背景で作られ、これがIRBLと名付けられています。一方で、これらの背景品種は農業形質の面で育種には使いにくいことから、IR64などインド型の背景をもつ系統も追加で開発されたと報告されています。
報告されている主な成果
著者らは、これらの系統群が世界の研究現場に広く行き渡ったことを具体的な数字で示しています。2012年から2025年までの間に、IRRIの国際イネ遺伝資源銀行(International Rice Genebank)から14か国26機関へ、IRBB・IRBLの計1149点を超える試料が配布されました。用途は、病原菌集団の性質を調べる基礎研究、栽培品種で病原菌の集団が変化していないかを監視する調査、そして抵抗性を高めるための育種素材としての利用です。
効果のある遺伝子を一つだけ使い続けると、病原菌がそれに適応してしまう――論文は、白葉枯病の抵抗性遺伝子Xa4についてそうした適応が示された研究を挙げています。このため、複数の有効な遺伝子を一つの品種に積み重ねる「ピラミッディング」が推奨され、実際に採用されてきました。遺伝子を見分けるマーカーが開発されると、この作業は急速に進んだと述べられています。IRRIではXa4とxa5をもつ多収で白葉枯病に強い品種NSIC Rc222(IRRI 154)が開発され、フィリピンで広く栽培されているといった例も挙げられています。
こうした材料の受け渡しを支えたのが、地域・国際的なネットワークです。1993年から2004年にかけて3期にわたり展開されたアジア・イネバイオテクノロジー・ネットワーク、2006年に発足したいもち病研究ネットワーク、そして2023年にIRRIが16か国を対象に立ち上げたglobal BioNETなどが紹介されており、系統の共有だけでなく、評価手順の標準化や人材育成の場にもなってきたとされています。インド、バングラデシュ、インドネシアなどの共同研究者からは、IRBB・IRBL系統を使って実際に病気に強い品種が開発され農家の圃場で栽培されているという証言も、論文中で紹介されています。
この報告が示すこと
この論文が伝えているのは、新しい発見ではなく、研究を支える「共通のものさし」がどのように作られ、共有されてきたかという記録です。背景をそろえて遺伝子を一つずつ分けて調べられる系統があることで、国や地域をまたいだ比較が可能になり、病原菌の変化を追いながら、その場所で効く遺伝子を選ぶという判断ができるようになりました。
著者らは、この成果を長年にわたる国際協力と資源の共有の産物として位置づけ、植物の病気に対する抵抗性研究における協働の一つのかたちとして描いています。地道に整えられた研究材料が、その後の数十年の研究と育種の土台になったという経緯が、この記録の中心にあります。
著者:Van Schepler‐Luu(International Rice Research Institute Los Banos The Philippines)、Mary Jeanie Telebanco‐Yanoria(International Rice Research Institute Los Banos The Philippines)、Hiroki Saito(Japan International Research Center for Agricultural Sciences Ishigaki Japan)、Casiana Vera Cruz(International Rice Research Institute Los Banos The Philippines)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Van Schepler‐Luu, Mary Jeanie Telebanco‐Yanoria, Hiroki Saito, et al. History of near‐isogenic lines carrying genes for resistance to bacterial blight and blast in rice ( Oryza sativa L.). The Plant Genome 2026-09-01. DOI: 10.1002/tpg2.70300. 原著ライセンス:CC BY.