この研究は、オーストリア、ドイツ、モンテネグロの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Frontiers in Microbiology

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を目的とした研究か

リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)は、食品を介して人に感染する細菌です。研究チームによれば、この菌は血流感染、中枢神経系の感染、母子感染という重い侵襲性の病気を引き起こすことがあり、公衆衛生と食品産業にとって今も大きな課題であると位置づけられています。また、そのまま食べられる調理済み食品や食肉、牛乳、魚介類、野菜や果物などから見つかるだけでなく、土壌、水、植生、飼料、農業環境、食品加工施設といった自然環境や産業環境にも広く分布しているとされています。

この研究が扱ったのは、ドイツ・ヴュルツブルク大学のH. P. ゼーリガー教授が1918年から1980年代にかけて集めた「特別リステリア培養株コレクション(SLCC)」です。著者らは、このコレクションが食品・ヒト・動物・環境という多様な由来の菌株を数十年にわたってまとめている点で、菌の遺伝的な変化を時間軸に沿って見るための得がたい資料になると述べています。目的は、こうした歴史的な分離株のゲノムの多様性を調べることでした。

どのように調べたか

コレクションは6,000株を超える規模で、ゼーリガー教授の退職後にハイデルベルク大学へ、その後アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・コークへと移され、2013年にオーストリア保健食品安全庁の国立リステリア参照研究所(グラーツ)へ移管されました。論文では、原コレクション6,451株のうち、最も古い部類の64株を再培養することに成功したと報告されています。凍結乾燥された菌体や高層寒天の保存管から菌を起こし、培地で培養し直す作業から研究は始まりました。

著者らは、この64株について全ゲノムシーケンシング(細菌のDNA配列をまるごと読み取る手法)を行いました。短い断片を高精度に読む技術と、長い断片を一続きに読む技術の両方を用いて組み合わせることで、ゲノムの構造を正確に復元した高品質の配列を得ています。得られた配列は、菌を細かく分類するためのMLST(代表的な遺伝子の配列型で分ける方法)や、より解像度の高いcgMLST(ゲノムの中核部分にある多数の遺伝子を比べる方法)で型別され、薬剤耐性遺伝子、病原性に関わる遺伝子、可動性遺伝因子(菌のゲノム内を動いたり菌の間を移ったりしうるDNAの断片)やプラスミドの有無も調べられました。

なお論文は、株の情報がドイツ語の手書きやタイプ文字で記録されていたこと、一部の株では付随情報が失われて現存しないことに触れ、そのため株どうしの疫学的なつながりをたどることには限界があると明記しています。

報告された主な結果

64株は、5つの血清群、15のクローン複合体、40の配列型(ST)、59のcgMLST型に分かれており、著者らはこれを大きな遺伝的多様性と表現しています。由来はヒトが37株と最も多く、環境8株、動物6株、食品1株、不明12株でした。地域別では欧州の複数国が34株、北米が17株、残る13株は国が不明です。最も多く見られた配列型はST2(8株)、ST7(6株)、ST9(4株)、ST101(4株)で、いずれも1949年から1986年の間に得られたものでした。14株が5つのクラスターを形成し、50株はどこにも属さない単独の株でした。

病原性に関わる遺伝子については、既知のすべての変異型がコレクション全体の中に見いだされたと報告されています。ただし、すべての遺伝子がすべての株にそろっていたわけではありません。bsh、clpC、inlC、prfAなど17種の遺伝子は64株すべてに存在しました。病原性の島と呼ばれる遺伝子のまとまりでは、LIPI-3を持つ株が11株、LIPI-4を持つ株が3株で、1954年にフランスの新生児から得られたST4の1株は両方を同時に持っていました。ストレス応答に関わるsigB遺伝子も全64株で確認され、著者らは注釈に基づく判定と配列の相同性による検出が完全に一致したと述べています。

薬剤耐性については、ホスホマイシンとリンコサミドへの耐性に関わるfosXとlinという、この菌が本来もともと備えている遺伝子が全64株で見つかった一方、外部から獲得したタイプの薬剤耐性遺伝子はどの株からも検出されませんでした。可動性遺伝因子は35株が少なくとも1つ持ち、1株あたり1個から11個の範囲でした。最も多かったのはISLmo1で33株から検出されています。プラスミドは10株が1つずつ保有し、その大きさは45.2キロベースから432キロベースにわたっていました。プラスミドを持つ配列型は可動性遺伝因子の数も多い傾向にあったと報告されています。

著者らはさらに、これらの歴史的な株を公開データベースやロベルト・コッホ研究所、オーストリアの参照研究所が持つ計28,734ゲノムと比較しました。たとえば1954年にゲッティンゲンで早産児から分離されたST101の株は、2017年にドイツのヒト症例から分離されたST101の株と52アレルの差にとどまり、1954年にパリの新生児から得られたST4の株は、2018年にオーストリアの堆肥から分離されたST4の株とクラスターを形成しました。

この研究が示すこと

著者らは、全ゲノム解読によってゼーリガー・コレクションの菌株に高い遺伝的多様性が明らかになったこと、そしてそれらが現代の分離株と近縁であることを結論として挙げています。そのうえで、この菌が由来を越え、時代を越えて強い適応力を示している点を指摘し、より良い予防戦略が必要だと述べています。

一世紀近く前から保管されてきた菌が生き返り、そのゲノムが読み解かれたことで、現在の株とのつながりが具体的な数字として示されました。過去の保存資料が、今の食品安全を考えるための手がかりになりうることを示す研究だといえます。

著者:Beatriz Daza Prieto(Institute of Medical Microbiology and Hygiene, Austrian Agency for Health and Food Safety)、Ariane Pietzka(National Reference Laboratory for Listeria, Division for Public Health, Austrian Agency for Health and Food Safety)、Johannes Benjamin Stielow(Institute of Hygiene and Medical Microbiology, Medical University of Innsbruck)、Anna Lennkh(National Reference Laboratory for Listeria, Division for Public Health, Austrian Agency for Health and Food Safety)、Andrea Murer(National Reference Laboratory for Listeria, Division for Public Health, Austrian Agency for Health and Food Safety)、David Eisele(Institute of Hygiene and Medical Microbiology, Medical University of Innsbruck)、Tobias Mösenbacher(Institute of Medical Microbiology and Hygiene, Austrian Agency for Health and Food Safety)、Anna Stöger(Institute of Medical Microbiology and Hygiene, Austrian Agency for Health and Food Safety)、Patrick Hyden(Institute of Medical Microbiology and Hygiene, Austrian Agency for Health and Food Safety)、Sven Halbedel(Institute for Medical Microbiology and Hospital Hygiene, Robert Koch Institute)、Franz Allerberger(Institute of Medical Microbiology and Hygiene, Austrian Agency for Health and Food Safety)、Herbert Hof(MVZ Labor Limbach and Colleagues)、Werner Ruppitsch(Faculty of Food Technology, Food Safety, and Ecology, University of Donja Gorica)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Beatriz Daza Prieto, Ariane Pietzka, Johannes Benjamin Stielow, et al. Genetic characterization of Listeria monocytogenes strains from the Seeliger’s historical “special Listeria culture collection” (1918–1986). Frontiers in Microbiology 2026-09-16. DOI: 10.3389/fmicb.2026.1909666. 原著ライセンス:CC BY.