この研究は、パキスタンの研究機関の研究論文です。

掲載誌:BMC Marine Science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

農地で使われた殺虫剤は、雨や用水路を通じて周辺の水域へ流れ込み、本来の対象ではない魚などの生き物に影響を及ぼすことがあります。その一つがデルタメトリンで、作物の害虫駆除や家畜の寄生虫対策に広く使われている合成ピレスロイド系の殺虫剤です。著者らによれば、デルタメトリンは水に溶けにくく脂になじみやすい性質をもつため水環境に入り込みやすく、魚の神経系や肝臓、えらに影響することがこれまでの研究で報告されてきました。

この研究で著者らが取り組んだのは、致死量に満たない濃度のデルタメトリンが養殖魚の健康にどのような変化をもたらすのか、そしてその悪影響を天然の飼料添加物でやわらげられるかという問いです。対象に選ばれたのはナイルティラピア(Oreochromis niloticus)で、世界中で養殖される食用魚であると同時に、水質汚染の研究で指標となる魚としてもよく使われています。

添加物として検討されたのは二つです。一つはモリンガ(Moringa oleifera)の葉の粉末で、熱帯・亜熱帯に広く育つ樹木であり、ポリフェノールを多く含み肝臓を守る働きが知られていると論文は説明しています。もう一つはスピルリナ(Arthrospira platensis)で、らせん状の糸状体をもつ微細藻類であり、世界の生産量の半分以上が飼料添加物として使われていると述べられています。

どのように調べたか

著者らは、生後10週ほどのナイルティラピアの稚魚を用意し、7日間水槽に慣らしたうえで4つのグループに無作為に分けました。何も曝露しない対照群、デルタメトリンのみに曝露する群、デルタメトリンに加えてモリンガ葉粉末を飼料に混ぜる群、デルタメトリンに加えてスピルリナを飼料に混ぜる群の4つです。各グループはさらに3つの水槽に分けられ、1水槽あたり7尾が飼育されました。デルタメトリンの濃度は3.12 µg/L、モリンガは飼料1 kgあたり10 g、スピルリナは飼料1 kgあたり15 gという、いずれも先行研究に基づいて決められた量が用いられました。飼育期間は合計28日間です。

28日後、著者らは各グループから魚を選び、三つの角度から調べました。一つ目は血液検査で、赤血球や白血球の数、ヘモグロビン量、赤血球一つあたりの大きさやヘモグロビン含量といった指標を測定しました。二つ目は血液の生化学検査で、コレステロールや中性脂肪、肝臓の状態を反映するALT・AST、腎臓の働きの目安となる尿素やクレアチニン、そして総タンパク質・アルブミン・グロブリンなどを調べています。三つ目は組織の顕微鏡観察で、えら・腎臓・肝臓の切片を作り、異常の程度を0(正常)から3(重度)までの段階で評価しました。統計解析には一元配置分散分析が用いられています。

報告された主な結果

論文によれば、デルタメトリンのみに曝露された魚では、対照群と比べてヘモグロビン、赤血球数、白血球数、ヘマトクリット、血小板数などが有意に低下しました。たとえばヘモグロビンは対照群の3.70 g/dlに対して2.10 g/dlでした。赤血球一つあたりの大きさやヘモグロビン含量を示す指標も下がっており、著者らはこれを小球性低色素性の貧血を示す所見だと説明しています。

生化学検査では、デルタメトリン曝露群で中性脂肪、コレステロール、LDL、VLDL、そして肝臓の指標であるASTとALT、腎臓の指標である尿素・クレアチニン・血中尿素窒素が対照群より高くなり、一方でHDL、アルブミン、総タンパク質、グロブリンは低下しました。著者らはこれらを、肝臓と腎臓の機能への悪影響と生理的なストレスを示すものと解釈しています。

組織の観察では、対照群の魚には異常が見られなかったのに対し、デルタメトリン曝露群では中等度から重度の変化が報告されました。えらでは薄板(ラメラ)の配列の乱れや変形、血液がたまって膨らむ動脈瘤状の変化が、腎臓では尿細管の伸長や核が濃縮して小さくなる変化が、肝臓では細胞の壊死や肝静脈の損傷が観察されています。

モリンガまたはスピルリナを飼料に加えたグループでは、血液・生化学の各指標が対照群の値に近い方向へ戻り、組織の異常の程度も軽くなったと報告されています。ヘモグロビンはモリンガ併用群で3.16 g/dl、スピルリナ併用群で2.80 g/dlと、デルタメトリンのみの群より高い値でした。組織のスコアでも、たとえば腎臓の濃縮核はデルタメトリン単独群で2だったのに対し、両方の併用群では0と評価されています。

この研究が示すこと

この研究は、致死量に満たない濃度であってもデルタメトリンがナイルティラピアの血液・代謝・臓器の組織に広く影響を及ぼしうることを、三つの異なる角度から示しました。そのうえで著者らは、モリンガの葉粉末とスピルリナという二つの天然素材を飼料に加えることで、これらの変化が軽減されたと報告しています。

著者らは結論として、こうした天然の飼料添加物が、経済的に実行しやすく環境負荷の小さい選択肢として、養殖における殺虫剤由来の毒性をやわらげる手立てになりうると述べています。農薬が流れ込みうる水域で魚を育てる現場にとって、飼料という身近な部分に手を加えるという発想を示した点に、この研究の意味があるといえるでしょう。

著者:Fatima Akhtari(Department of Biology, University of Okara, Okara, Pakistan)、Waqar Ahmad Noor(Department of Biology, University of Okara, Okara, Pakistan)、Hasnain Akmal(Department of Zoology, University of Okara, Okara, Pakistan)、Shahroz Maqsud(Department of Zoology, University of Okara, Okara, Pakistan)、Khurram Shahzad(Department of Zoology, University of Okara, Okara, Pakistan)、Shabbir Ahmad(Department of Zoology, University of Okara, Okara, Pakistan)、Maliha Ghaffar(Department of Biology, University of Okara, Okara, Pakistan)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Fatima Akhtari, Waqar Ahmad Noor, Hasnain Akmal, et al. Protective effects of Moringa oleifera and Arthrospira platensis against deltamethrin-induced toxicity in Nile tilapia (Oreochromis niloticus). BMC Marine Science 2026-09-07. DOI: 10.1186/s44479-026-00007-y. 原著ライセンス:CC BY.