ハス(Nelumbo nucifera)は花や葉、種子だけでなく、雄しべにもポリフェノールなどの生理活性成分が含まれることが知られています。今回、タイ産のハスの雄しべを乳酸菌で発酵させることで、抗酸化力やアルツハイマー病に関わる酵素への作用がどう変化するかを調べた研究が、フード・ケミストリー・アドバンシズ誌に2026年8月に掲載予定です。研究チームには、タイ国内の複数の大学・研究機関に所属する著者が名を連ねています。
研究では、タイ産ハスの雄しび抽出物を、乳酸菌の一種である Lactiplantibacillus plantarum TISTR 877(LP877)と Lacticaseibacillus rhamnosus TISTR 2443(LR2443)という2種類の菌株を使って発酵させ、発酵の有無や時間によって成分や機能性がどう変わるかを比較しました。
発酵でポリフェノール類が増加
発酵処理を行うと、総フェノール量・総フラボノイド量・総アルカロイド量がいずれも顕著に増加したと報告されています。中でも、LP877で48時間発酵させた条件で、これらの生理活性成分量が最も高くなったとされています。さらにUHPLC-MS/MSという分析手法を用いた詳細な成分分析では、没食子酸(ガリック酸)、クロロゲン酸、ケルセチン、ケンフェロール、そしてハス特有のアルカロイドであるヌシフェリンといった個別の成分の濃度が、発酵によって増加したことが確認されています。
抗酸化力とアルツハイマー病関連酵素への作用
発酵後の抽出物は、DPPH法で76.90%、ABTS法で84.36%、FRAP法で486.51マイクロモルFe2+/g抽出物という値を示し、抗酸化活性が明確に高まったとされています。また、アルツハイマー病の発症メカニズムに関わるとされる酵素、アセチルコリンエステラーゼ、ブチリルコリンエステラーゼ、β-セクレターゼへの阻害作用も調べられました。抽出物濃度1.0mg/mLの条件で、LP877による発酵抽出物が最も強い阻害を示し、それぞれ43.72%、37.86%、30.41%の阻害率だったと報告されています。
さらに、48時間発酵させた2種類の抽出物(LP877発酵・LR2443発酵)については、ヒト由来の神経芽細胞腫であるSH-SY5Y細胞を用いた実験も行われました。細胞に抽出物(100μg/mL)をあらかじめ処理したうえで過酸化水素(H2O2)にさらし、細胞へのダメージからどの程度保護されるかを調べたところ、LP877発酵抽出物を処理した細胞では生存率が89.76%となり、細胞内の活性酸素種(ROS)レベルの低下も見られたとされています。
この研究の位置づけと注意点
この研究はあくまで試験管内(in vitro)および培養細胞を用いた実験であり、ヒトが実際にこの発酵ハス雄しべ抽出物を摂取した場合に同様の効果が得られるかどうかを直接示したものではありません。研究チームは、乳酸菌発酵によってハス雄しべ抽出物の試験管内での神経保護の可能性が高まったことを示し、機能性食品素材としての開発を支持する結果だとしていますが、これは一つの研究段階の知見であり、健康効果が確立されたことを意味するものではありません。
この研究は、発酵という食品加工技術が植物由来素材の機能性成分の量や活性に影響を与えうることを示す一例といえます。今後、ヒトを対象とした研究などを通じてさらに検証が積み重ねられていくことが期待されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Pittaya Chaikham, Pattaneeya Prangthip, Arranee Chotiko, et al. Fermented Thai sacred lotus stamens as a source of neuroprotective phytochemicals: changes in bioactive composition, antioxidant activity, and Alzheimer’s disease-related enzyme inhibition. フード・ケミストリー・アドバンシズ (2026). DOI: 10.1016/j.focha.2026.101382. 原著ライセンス: cc-by-nc-nd.