日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
近年、世界的に2型糖尿病の患者数が増え続けており、副作用の少ない治療法や予防的なアプローチへの関心が高まっています。血糖値の調節に関わる酵素のひとつがDPP-IV(ジペプチジルペプチダーゼ-IV)で、これを阻害する薬(グリプチン系薬剤)は既に糖尿病治療で使われていますが、消化器症状やアレルギー反応などの副作用が報告されることがあります。そこで注目されているのが、食品由来のタンパク質を分解して得られる「ペプチド(アミノ酸がいくつか連なった小さな分子)」です。牛乳由来のタンパク質などから200種類以上のDPP-IV阻害ペプチドが見つかっているとされ、今回の研究では、食用として利用されている藍藻(シアノバクテリア)の一種であるLimnospira platensis(スピルリナとして知られてきた微生物で、現在はこの学名に分類される)を原料に、新しいDPP-IV阻害ペプチドを探索しています。
本研究は日本主導で行われました。筆頭著者と責任著者を含む研究チームは工学院大学(東京都八王子市)の応用化学系の研究者が中心となっており、化粧品関連企業の研究者も加わっています。
どのように調べたのか
研究チームはまず、乾燥させたLimnospira platensisの粉末からタンパク質を抽出し、Orientase 22BF、Orientase OP、パパインという3種類の食品加工用酵素を使い、単独処理と2段階の組み合わせ処理でタンパク質を切り分けました(加水分解)。それぞれの分解物についてDPP-IV阻害活性を調べたところ、単独処理ではOrientase 22BFを使ったものが最も高い阻害率(71%)を示し、パパイン(40%)やOrientase OP(37%)を上回りました。2段階処理でわずかに活性が上がる組み合わせもありましたが(最大77%)、追加の加熱失活処理や酵素コストがかかる分、効果の上乗せは3〜6%程度にとどまったといいます。このため、研究チームは工程が簡単でコストを抑えられるOrientase 22BF単独処理を以降の実験に用いました。
次に、この分解物を分子の大きさで絞り込み(3000ダルトン以下の成分を回収)、さらに高速液体クロマトグラフィーで27の分画に分けたうえで、それぞれの阻害活性を測定しました。特に活性の高かった2つの分画を質量分析(LC-MS/MS)で詳しく調べ、2118個のペプチド候補を検出したとされています。ここから、DPP-IVが認識しやすい構造的特徴(N末端から2番目にプロリンを持つこと、5残基以下と短いこと、疎水性が高いこと)などの基準で候補を絞り込み、既存のデータベース(BIOPEP-UWM)で新規性を確認したうえで、最終的に7種類の候補ペプチドを化学合成し、実際の分解物中に存在するかを照合しました。
わかったこと
照合の結果、実際に分解物中で確認されたのはSPSPN、VPSV、IPIGGという3種類の新規ペプチドでした。DPP-IV阻害の強さを示すIC50値(阻害効果が半分になる濃度、値が小さいほど効果が強いとされる)は、SPSPNが144.1マイクロモル、VPSVが93.6マイクロモル、IPIGGが13.4マイクロモルと報告されており、IPIGGは牛乳由来の既知の強力な阻害ペプチド(IPI、VPLなど)に匹敵する強さだったとされています。これら3種類はいずれも、これまでLimnospira由来として報告されてきたペプチド(フィコシアニン由来のGPNYASSERなど)と比べて同等以上の活性を示したとまとめられています。
ただし、分解物そのものに含まれる量を測定したところ、定量できたのはVPSVのみで、乾燥粉末1グラムあたり64.1マイクログラムほどでした。この量は、VPSV単独ではIC50値の0.2%にも満たない濃度で、分解物全体で見られた71%という高い阻害率をVPSV単体で説明することはできないと著者らは述べています。つまり、実際の分解物中では複数の成分が相互に作用しあって効果を発揮している可能性が示唆されています。IPIGGはより強い活性を持つものの検出量が定量下限を下回り、SPSPNは濃縮処理をしないと検出できないレベルだったとされ、含有量の少なさが指摘されています。
そこでVPSVについて、食品加工や消化を想定した安定性試験も行われました。100℃で加熱した場合、40分までは阻害活性・含有量に変化がなかったものの、60分では阻害率が約8%、含有量が約17%低下したとされています。一方、65℃30分、75℃15分、121℃15分といった短時間の殺菌条件では、いずれも活性・含有量に大きな変化は見られなかったとのことです。さらに、胃液・腸液を模した消化液(ペプシン、トリプシン、キモトリプシンを含む)で処理しても、VPSVの活性や量はほとんど変わらず、消化されにくい構造を持つことが示されています。
もう一つの重要な検討点は、腸から実際に吸収されるかどうかです。研究チームはヒト大腸がん由来のCaco-2細胞という、腸の細胞膜を模したモデルを使ってVPSVの透過性を測定しました。その結果、見かけの透過係数(Papp)は4.02×10のマイナス8乗cm/秒と、既存の分類基準に基づくと「低透過性」の範囲にとどまりました。つまり、VPSVはそのままの形で血液中に吸収されにくいと考えられます。著者らは、この結果から、VPSVは全身に吸収されて働くのではなく、腸の内側の表面(管腔側)に存在するDPP-IVに直接作用する「局所的な働き」をする可能性が高いと考察しています。参考として、同じLimnospira由来の別のペプチド(IQP、VEPという血圧に関わる酵素の阻害ペプチド)は、細胞間を通り抜ける経路でVPSVよりずっと透過性が高かったとされる先行研究も紹介されており、ペプチドの種類によって吸収されやすさが大きく異なることがうかがえます。
この研究の位置づけと注意点
著者らは、いくつかの限界も明記しています。今回の消化実験は静的な条件(酵素と混ぜて一定時間反応させるだけ)で行われており、実際の消化管内のダイナミックな環境を完全には再現していないため、今後はINFOGEST 2.0という国際的に統一された消化模擬プロトコルを使った検証が必要だとされています。また、Caco-2細胞の実験では、輸送後の細胞膜の状態(バリア機能)を測り直していない点や、ペプチドが細胞間を通るのか、特定の輸送体を介するのかといった経路の詳細を区別していない点も課題として挙げられています。さらに、今回の効果はあくまで細胞や試験管内での実験に基づくもので、動物やヒトでの効果を確認したものではありません。著者らも、今後は動物実験や体内動態の検証が必要だと述べています。
今回の研究は、食品加工に使われる酵素を組み合わせてLimnospira platensisからペプチドを取り出し、その活性・安定性・吸収性までを体系的に評価した一つの基礎研究であり、これによってヒトの血糖コントロールへの効果が確定したわけではありません。今後の研究の積み重ねが必要な段階だといえます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Kota Ebato, Haruka Kobayashi, Hiroaki Tsutsumi, et al. Identification and Characterization of Novel DPP-IV Inhibitory Peptides from Limnospira platensis Hydrolysates: Stability and Intestinal Permeability Evaluation. フーズ (2026). DOI: 10.3390/foods15162838. 原著ライセンス: cc-by.