この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Food Science & Nutrition

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ果実の色を分子レベルで調べるのか

リンゴ、ナシ、モモ、イチゴ、オウトウ(スイートチェリー)、キイチゴ類といったバラ科の果物は、世界的に経済価値の高い果樹作物です。論文の著者らは、果実の色が見た目の品質を左右する重要な形質であり、赤や紫、青みがかった黒といった鮮やかで均一な色合いは、消費者に熟度や味、栄養価の高さを連想させ、市場での評価や購買判断に強く影響すると述べています。

この色のもとになっているのが「アントシアニン」と呼ばれる水溶性の色素成分です。植物が二次代謝によってつくる物質で、色素の本体に糖が結びついた形(配糖体)として果実の中に安定して蓄えられます。著者らによれば、果実がどんな色に見えるかは、アントシアニンの量だけでなく、その化学的な種類、そして果実のどの部分にいつ溜まるかという分布パターンによって決まります。

アントシアニンは色をつけるだけの物質ではありません。総説では、花粉を運ぶ昆虫や種子を運ぶ動物を引き寄せたり、強すぎる光による酸化ストレスから組織を守ったり、環境ストレスへの耐性を支えたりする役割が紹介されています。またヒトの食生活の面では、抗酸化作用をもつ成分として報告されており、イチゴをはじめとするバラ科果実は食事からこの成分を摂る主要な供給源のひとつだとされています。

アントシアニンがつくられる基本的な経路そのものは、20世紀後半にはかなり解明が進んでいました。しかし著者らは、合成だけでなく、その後の化学修飾、細胞内での輸送、液胞への貯蔵までを含めた調節の全体像は、バラ科という多様な系統を含むグループにおいてはまだ断片的にしか分かっていないと指摘します。そこでこの総説は、これまでに報告されてきた知見を分子レベルの仕組みと調節ネットワークという観点から整理し直すことを目的として書かれました。

色素がつくられ、蓄えられるまでの流れ

著者らはまず、アントシアニンができるまでの基本的な流れをたどります。出発点はアミノ酸の一種であるフェニルアラニンで、そこから複数の酵素が順番に反応を受け渡していきます。それぞれの酵素をつくる遺伝子には名前がついており、入口にあたるPAL、色素の骨格をつくるCHS、その後の変換を担うCHI、F3H、DFR、ANS(LDOXとも呼ばれます)、そして最後に糖を付けるUFGTなどが中心的な役割を果たします。この一連の経路は種を越えて基本的によく保存されており、リンゴ、イチゴ、ナシなど主要なバラ科果樹で詳しく調べられてきました。

経路の途中には、色の系統を左右する分かれ道があります。F3'Hという酵素が働くと、赤から赤紫系の色をもたらすシアニジン型の色素につながる前駆物質ができます。一方、F3'5'Hという別の酵素が働けば、青紫系の色を生むデルフィニジン型への道が開きます。著者らによれば、リンゴやモモ、キイチゴなど多くのバラ科果実では、このF3'5'Hが機能する遺伝子として存在しないか、ほとんど働いていません。キイチゴのゲノムには機能的なF3'5'Hの相同遺伝子が見当たらないとする研究も紹介されており、これがバラ科果実の色の幅が赤から紫の範囲にとどまりやすい遺伝的な背景だと説明されています。

個々の遺伝子の働きを裏づける例も挙げられています。キイチゴの黄色い品種では、ANS遺伝子に塩基の読み枠がずれる変異が入って機能を失い、その結果アントシアニンがつくられなくなることが報告されています。リンゴでは、ANS遺伝子の転写を制御する領域に光に応答する配列が含まれており、日光が当たる側の果実がより濃く色づく理由の説明になるとされています。また経路の最後で糖を付けるUFGTについては、その働きが色づきを決める最終段階として重要で、リンゴでは赤い品種と緑の品種を分ける分子的な目印になり、イチゴでは成熟期にこの遺伝子が働き出すことが着色の前提になっていると紹介されています。

つくられた色素はそのままでは終わりません。糖の付加(グリコシル化)、メチル基の付加(メチル化)、有機酸の付加(アシル化)といった合成後の化学修飾を受けることで、安定性と色合いが決まります。こうした修飾の違いは種ごとの個性として現れ、ナシではシアニジン-3-O-ガラクトシド、イチゴではペラルゴニジン-3-O-グルコシドとその誘導体、スモモの果皮ではペオニジン-3-O-ルチノシドが検出されるなど、それぞれ主要な色素の種類が異なると報告されています。

さらに色素は、細胞内の「液胞」という袋状の区画に運び込まれて蓄えられます。この輸送には、細胞質で色素を運ぶ役割を担うグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)や、液胞の膜にある専用の輸送体などが関わります。リンゴではMdGSTU12の機能が失われると果皮への蓄積が大きく損なわれ、イチゴでもGSTをコードする遺伝子が葉や果実の着色に不可欠であることが示されています。そして液胞に入った後の色の見え方は、内部の酸性度(pH)や、一緒に存在する他の成分との相互作用(共色素効果)によってさらに調整されます。

働かせるか止めるかを決める調節の層

色素合成の遺伝子群を実際に働かせるかどうかを決めているのが、転写因子と呼ばれるタンパク質です。総説の中心的な主題のひとつが、この調節の仕組みです。中核をなすのはMYB、bHLH、WD40という三種類のタンパク質が組み合わさった複合体で、頭文字をとってMBW複合体と呼ばれます。MYBが標的となる遺伝子の制御領域に結合し、bHLHが橋渡しをし、WD40が全体を安定させるという分業構造をとります。リンゴのMdMYB10–MdbHLH3/33–MdWDR1の組み合わせが、その代表例として挙げられています。

この中核には、働きを強める側と抑える側の両方が関わります。ナシではWRKY型やERF型の因子が加わって複合体の働きを後押しし、青色光による着色を促す例が報告されています。逆に抑える側では、リンゴのMdMYB306-likeが本来の相手に結合して複合体の組み立てを物理的に妨げたり、ナシでエチレンによって誘導されたPpMYB140が、共通のパートナーであるPpbHLH3を奪い合って働かない組み合わせをつくり、活性型の複合体を解体したりする仕組みが示されています。モモのPpMYB18は、活性型のMYBによって誘導されてブレーキ役として働き、負のフィードバックを形づくると説明されています。

調節はさらに別の層にも及びます。DNAの配列そのものは変えずに遺伝子の働き方を変えるエピジェネティックな仕組みもその一つです。リンゴでは、MdMYB10の制御領域のメチル化の程度が果皮の縞模様と対応しており、赤い縞ではメチル化が低く、緑の縞では高いことが報告されています。モモでは、低温によるアントシアニン蓄積に先立って複数の合成遺伝子でメチル化が能動的に取り除かれることが示され、環境の感知と色素生産を結ぶ経路として位置づけられています。加えて、タンパク質に翻訳されない非コードRNAが、微小RNAの働きを横取りしたり、逆向きの転写産物として活性化因子を抑えたりする形で、時間的・空間的な色づきのパターンを細かく調整することも紹介されています。

外部環境からの入力も見逃せません。著者らは、光、温度、植物ホルモンを主要な外的シグナルとして挙げています。光はもっとも重要な誘導シグナルで、イチゴでは青色光の受容体FaCRY1が光を感じ取り、分解を担う酵素の働きを抑えることでFaHY5というタンパク質を安定化させ、それが下流の遺伝子の活性化につながります。温度については、低温が着色を促し高温が抑えるという対照的な作用が示されており、リンゴでは低温で誘導されるMdbHLH3がMdDFRやMdUFGTを直接活性化する一方、高温では熱ショック転写因子が抑制側の因子を働かせて色素合成を妨げます。ホルモンでは、リンゴでメチルジャスモン酸と光のシグナルが同じ調節モジュールの上で統合される例や、乾燥ストレス下でERF型の因子が色素蓄積を促す例が報告されています。

この総説が示すこと

著者らが描き出したのは、バラ科果実の色が単一の遺伝子の有無で決まる単純な形質ではなく、合成酵素の並び、合成後の化学修飾、液胞への輸送と貯蔵、そしてそれらを制御する転写因子・エピジェネティックな修飾・非コードRNA、さらに光や温度やホルモンといった環境からの入力までが、幾重にも重なって最終的な色として現れるという姿です。

同時にこの整理は、これまでの知見がまだ断片的であることも浮き彫りにしています。基本的な合成経路は種を越えて保存されている一方で、遺伝子のコピー数や発現のタイミング、制御領域の配列は種ごとに分かれており、同じ役割をもつ遺伝子でも属が違えば系統樹の上では別々にまとまります。著者らはこれを、種が分かれたあとにそれぞれ独立して進化してきた結果と解釈しています。なぜ果物ごとに色の個性があるのかという素朴な問いの背後に、これだけ多層的な仕組みが控えていることを示した点に、この総説の意義があります。

著者:Menghua Luo(Deyang Agricultural College Deyang China)、Wanjia Tang(College of Horticulture Sichuan Agricultural University Chengdu China)、Xiaoqing Yuan(Deyang Agricultural College Deyang China)、Can Hu(Deyang Agricultural College Deyang China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Menghua Luo, Wanjia Tang, Xiaoqing Yuan, et al. Molecular Mechanisms and Regulation of Anthocyanin Biosynthesis in Rosaceae Fruits: A Review. Food Science & Nutrition 2026-09-01. DOI: 10.1002/fsn3.72269. 原著ライセンス:CC BY.