この研究は、アルジェリア、トルコ、サウジアラビア、イタリアの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Chemistry & Biodiversity

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を目的とした研究か

研究チームは、地中海地域の乾燥・半乾燥地に広く分布する多年生のイネ科植物リギウム・スパルツム(Lygeum spartum L.)を対象に、その化学成分と生物活性を調べました。この植物は砂質土壌を安定させて侵食や砂漠化を抑える生態学的な役割を担い、丈夫な繊維から飼料や編み細工にも使われてきましたが、含まれる成分や生物学的な性質についてはほとんど記録がありませんでした。

論文によれば、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)、ブチリルコリンエステラーゼ(BChE)、チロシナーゼという三つの酵素に対するこの植物の阻害作用を調べた研究はこれまでなかったといいます。AChEとBChEは神経伝達物質を分解する酵素で神経変性疾患との関連が論じられ、チロシナーゼはメラニン色素の生成にかかわる酵素です。著者らは、乾燥した環境への適応がフェノール化合物などの蓄積を促し、それが抗酸化能や酵素阻害活性に寄与しているのではないかという仮説を立てました。

どのように調べたか

著者らは2022年5月にアルジェリア・サイダ地方で採取した植物を乾燥させ、根と葉に分けて、石油エーテルと80%メタノールという性質の異なる二種類の溶媒でそれぞれ抽出しました。石油エーテルは油に溶けやすい成分を、メタノールは水になじみやすいフェノール類を取り出しやすい溶媒です。

得られた抽出物について、高速液体クロマトグラフィー(HPLC–DAD)という成分を分離して定量する手法で、27種の標準物質を基準にフェノール成分の内訳を調べました。あわせて、DPPH、ABTS、CUPRACという三種類の試験管内アッセイで抗酸化の働きを、またAChE・BChE・チロシナーゼに対する阻害の程度を測定しました。抗酸化の指標には、活性が半分になる濃度(IC50)などが用いられており、値が小さいほど少量で効くことを意味します。比較の基準として、合成抗酸化剤BHA、コリンエステラーゼ阻害薬ガランタミン、チロシナーゼ阻害物質コウジ酸が同時に測定されています。

報告された主な結果

成分分析では、フェノール化合物の分布が器官によって異なることが示されました。葉の抽出物ではフェルラ酸が最も多く4.07 mg/gと報告され、ヘスペリジン2.68 mg/g、アピゲニン1.11 mg/g、カテキン1.03 mg/gが続きました。一方、根では検出されたフェノール類の濃度は相対的に低く、シナリン0.88 mg/g、エピカテキン0.59 mg/gなどが比較的多い成分として挙げられています。カテキンは葉のみ、クルクミンは根のみで検出されるなど、片方の器官にしか見られない成分もありました。

抗酸化の試験では、メタノール抽出物が石油エーテル抽出物より高い活性を示し、なかでも葉のメタノール抽出物が最も高い値を示しました。DPPHのIC50は281.48 µg/mL、ABTSでは105.72 µg/mL、CUPRACのA0.5は182.36 µg/mLでした。根のメタノール抽出物はこれよりわずかに低い活性で、石油エーテル抽出物の活性はごくわずかでした。ただし著者らは、これらの値は合成抗酸化剤BHA(DPPHのIC50が4.23 µg/mL)よりかなり弱く、イネ科の他種と比べても中程度にとどまると述べています。

酵素阻害については、著者らの仮説とは異なる結果でした。AChEとBChEに対しては、すべての抽出物がIC50で200 µg/mLを超えるか、活性が認められませんでした。基準物質ガランタミンのIC50がAChEで4.14 µg/mL、BChEで40.39 µg/mLだったのと対照的です。チロシナーゼについても、葉のメタノール抽出物がIC50 310.69 µg/mLという弱い阻害を示した以外は、検出できる阻害はありませんでした。著者らは、今回の実験条件下では、この植物はコリンエステラーゼやチロシナーゼの阻害物質の有望な供給源ではないと結論づけています。

なお著者らは研究の限界も明示しています。用いたのは精製されていない粗抽出物であるため、個々の成分がどれだけ寄与したかは特定できないこと、結果はすべて試験管内の実験に基づくもので生体内にそのまま当てはめられないこと、成分分析は測定対象とした標準物質の範囲に限られること、そして生物活性の測定が一回の抽出から得た試料の反復測定であるため再現性の確認が必要であることを挙げています。

この報告が示すもの

この研究は、生態的な役割で知られながら化学的にはほとんど調べられてこなかった一つの野生イネ科植物について、フェノール成分の内訳と生物活性を初めてまとめて記述したものです。葉と根で蓄積する成分が異なること、抽出に使う溶媒の性質が結果を左右することが具体的な数値とともに示されました。

同時にこの報告は、フェノール化合物を含むことが、あらゆる生物活性に直結するわけではないことも示しています。抗酸化の面では中程度の活性が確認された一方、著者らが当初想定した酵素阻害についてはほとんど活性が見られませんでした。仮説どおりにならなかった部分も含めて記録されることで、この植物の化学的な素性が一つ明らかになったといえます。

著者:Z. Arabi(Faculty of Nature and Life Sciences University Ibn Khaldoun Tiaret Algeria)、Rania Arabi(Laboratory of Agro‐Biotechnology and Nutrition in Semi‐arid Areas Faculty of Nature and Life Sciences University Ibn Khaldoun Tiaret Algeria)、Dilaycan Çam(Department of Chemistry Faculty of Sciences Muğla Sitki Kocman University Mugla Turkey)、Cansel Çakir(Department of Chemistry Faculty of Sciences Muğla Sitki Kocman University Mugla Turkey)、Mehmet Ozturk(Department of Chemistry Faculty of Sciences Muğla Sitki Kocman University Mugla Turkey)、Hamdi Bendif(Department of Biology College of Science Imam Mohammad Ibn Saud Islamic University (IMSIU) Riyadh Saudi Arabia)、Gharieb S. El‐Sayyad(Department of Biology College of Science Imam Mohammad Ibn Saud Islamic University (IMSIU) Riyadh Saudi Arabia)、Mohamed A. M. Ali(Department of Biology College of Science Imam Mohammad Ibn Saud Islamic University (IMSIU) Riyadh Saudi Arabia)、Walid Elfalleh(Department of Biology College of Science Imam Mohammad Ibn Saud Islamic University (IMSIU) Riyadh Saudi Arabia)、Stefanıa Garzoli(Department of Chemistry and Technologies of Drug Sapienza University Rome Italy)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Z. Arabi, Rania Arabi, Dilaycan Çam, et al. Bioactive Phenolics of Lygeum spartum L.: Insights Into Antioxidant, Anticholinesterase, and Antityrosinase Activities. Chemistry & Biodiversity 2026-09-01. DOI: 10.1002/cbdv.71652. 原著ライセンス:CC BY.