著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Biosensors

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究のねらい

イソカルボホスは、穀物や油料作物、野菜などを害虫から守るために使われる有機リン系の殺虫剤です。著者らは論文の冒頭で、この物質は化学的に安定で環境中で分解されにくく、残留しやすいと説明しています。使い方が適切でないと農産物中の残留量が基準値を超え、食物連鎖を通じて人の体に入るおそれがあることから、残留を調べる手段が求められています。

これまでの検出法としては、クロマトグラフィー、蛍光分光、電気化学的な手法などがあります。研究チームによると、これらは感度、コスト、速さのいずれかには優れていても、三つすべてを一つの手法で満たすものはありませんでした。そこで研究チームは、「多孔質シリコン・ブラッグミラー」と「アップコンバージョンナノ粒子」を組み合わせ、感度・低コスト・速さを両立させる検出法の開発に取り組みました。

仕組み:鏡の中の光る目印が外れる量を測る

ブラッグミラーとは、光の屈折の度合い(屈折率)が異なる薄い層を交互に重ね、特定の波長の光を強く反射するようにした構造です。研究チームはシリコン基板を電気化学的に削る方法で、直径約50ナノメートルの細かな穴が開いた24層のミラーを作りました。

目印として使ったアップコンバージョンナノ粒子は、波長980ナノメートルの目に見えない近赤外光を当てると、より波長の短い650ナノメートルの可視光を発する直径約12ナノメートルの粒子です。著者らは、この波長の組み合わせを意図的に設計しました。励起用の980ナノメートルの光はミラーの反射帯から外れているため穴の奥まで届き、一方で粒子が出す650ナノメートルの光はミラーが強く反射する波長帯に入るため、光が強められ、表面側へ効率よく取り出されると説明しています。実際、同じ粒子を固定した場合の蛍光画像の明るさ(平均グレー値)は、層を重ねない一層だけの多孔質シリコンで約26だったのに対し、ブラッグミラーでは約229と大きく上回りました。

検出には「アプタマー」を利用しています。アプタマーは特定の分子にくっつくように選ばれた短いDNAなどの鎖です。研究チームは、イソカルボホスに結合するアプタマーを穴の内壁に固定し、そこへ光る粒子を付けた相補鎖(アプタマーと対になるDNA鎖)を結合させました。試料にイソカルボホスが含まれていると、イソカルボホスのほうがアプタマーに強く結合するため相補鎖が押し出され、穴に残る光る粒子が減って蛍光が弱まります。この「競合的な置き換え」を、反応前後の蛍光画像をスマートフォンで撮影し、明るさの変化として数値化します。著者らは、表面の元素分析により、粒子の結合と、イソカルボホス処理後に粒子由来の信号が減り、イソカルボホスに含まれる硫黄の信号が新たに現れることを確認したと報告しています。

主な結果

緩衝液(PBS)中で濃度を変えて調べたところ、イソカルボホスが多いほど蛍光は弱まりました。5〜100マイクログラム毎リットルの範囲で濃度と明るさの変化の関係を表す曲線が得られ、とくに5〜20マイクログラム毎リットルの低濃度域では、両者がほぼ直線的な関係を示しました。論文が報告する検出限界は0.27マイクログラム毎リットル(0.93ナノモーラー)です。

似た構造をもつ有機リン系殺虫剤クロルピリホスを同じ濃度(100マイクログラム毎リットル)で試すと、明るさの変化はイソカルボホスの3%未満にとどまり、イソカルボホスを選んで検出できることが示されました。同じ条件で作った10個のセンサーで測定した際のばらつき(相対標準偏差)は1.63%でした。

著者らは、画像の撮影と明るさの計算そのものは数秒以内で済み、使うレーザーは1000ドル余りと、一般的な電気化学装置や蛍光分光装置より安価だと述べています。ただし、アプタマーの固定や2時間の反応、洗浄・乾燥を含めると、1試料あたりの所要時間は約2.5〜3時間になると明記しています。また、感度は既報の一部の方法を上回る一方、より高感度な方法もあると比較しています。

この研究が示すこと

この研究は、光を強める鏡構造と近赤外光で光るナノ粒子を組み合わせることで、大型の分析装置に頼らず、スマートフォンで撮った画像から殺虫剤の濃度を見積もれる仕組みを示したものです。一方で、実験は条件をそろえた緩衝液の中で行われており、実際の農産物や環境試料に含まれる他の成分の影響については、別途の検討が必要だと著者ら自身が述べています。研究チームは、この組み合わせを、イソカルボホスを速く高感度に検出するための有望な方法として位置づけています。

原著論文の著者・所属:Ziyi Yang(School of Physical Science and Technology, Xinjiang University, Urumqi 830046, China; Xinjiang Space-Air-Ground Integrated Intelligent Computing Technology Laboratory, Changji 831100, China)、Yangzhi Zhang(School of Physical Science and Technology, Xinjiang University, Urumqi 830046, China)、Xingyu Wang(School of Physical Science and Technology, Xinjiang University, Urumqi 830046, China)、Tongzhou Tang(School of Physical Science and Technology, Xinjiang University, Urumqi 830046, China)、Jiajia Wang(School of Information Science and Engineering, Xinjiang University, Urumqi 830046, China)、Xiaohui Huang(School of Information Science and Engineering, Xinjiang University, Urumqi 830046, China)、Zhenhong Jia(School of Information Science and Engineering, Xinjiang University, Urumqi 830046, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ziyi Yang, Yangzhi Zhang, Xingyu Wang, et al. Detection of Isocarbophos Using Porous Silicon Bragg Mirror Combined with Upconversion-Nanoparticle-Based Fluorescence Imaging. Biosensors 2026-10-11. DOI: 10.3390/bios16100572. 原著ライセンス:CC BY.