この研究は、イタリア、ルーマニアの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Frontiers in Sustainable Food Systems

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

農業は世界の淡水取水量のおよそ7割を占めており、2050年に向けた人口と食料需要の増加は水資源への負担をさらに強めると予測されています。論文はこうした状況を出発点に、干ばつが起こりやすい地中海地域に注目しています。加工用トマトは1作期あたりおよそ400〜600ミリメートル(1ヘクタールあたり4,000〜6,000立方メートル)の水を必要とする作物で、南イタリアでは実際の灌漑量が作物の必要量を上回ることも少なくないと著者らは指摘しています。

土の表面を資材で覆う「マルチング」は、土からの水の蒸発を抑え、土壌の微気象を安定させることで、水の生産性を高める手段として知られています。ただし広く使われているポリエチレン製フィルムは、栽培後に回収・処分する手間と費用がかかり、土に残った破片が農地のマイクロプラスチックにつながる問題があります。そこで研究チームは、土の中で分解されて回収が不要になる生分解性の資材に絞り、素材の違いによって土の温度や水分の動きが変わり、その結果として収量と果実の成分に異なる利点と引き換えが生じるのではないか、という仮説を立てました。組成も熱・水分特性も異なる生分解性資材が、加工用トマトの栽培で同等に扱えるのかどうかは明らかでない、というのが著者らの問題意識です。

何をどう調べたか

試験は南イタリア・ポルティチにある大学の試験農場で、2024年と2025年の春から夏にかけての連続する2作期にわたり、露地条件で行われました。土は砂質壌土で、2年間を通じて土の理化学性はほぼ一定に保たれ、処理どうしを比べる土台となっています。品種は機械収穫と加工に向く加工用トマト「Dobler F1」で、栽植密度は1ヘクタールあたり約33,000株。苗の定植は2024年が5月7日、2025年が4月29日で、収穫はどちらの年も7月30日でした。

比べたのは4つの条件です。再生紙を原料とする紙マルチ(PPR)、デンプン系の生分解性フィルム(BM1)、コポリエステル系の生分解性フィルム(BM2)、そして何も敷かない裸地(BS、対照区)です。この試験では従来のポリエチレンはあえて外し、生分解性・堆肥化可能な資材どうしの比較と、裸地との比較に焦点を絞っています。各処理は3反復、全12区の完全無作為化配置で、2年とも同じ配置を維持しました。

灌漑は点滴方式で、土中20センチメートルに設置した静電容量式のセンサーが土の体積含水率と地温を1時間ごとに記録し、そのデータに基づいて水やりを判断しました。根が張っている土層の含水率が「圃場容水量」(土が保持できる水分量の上限にあたる状態)の80%を下回った時点で灌漑を行い、不足分を補う量を計算して与えています。水の使われ方は2つの指標で評価されました。ひとつは作物水生産性(WPc)で、灌漑と降雨を合わせた供給水1立方メートルあたり何キログラムの収量が得られたかを表します。もうひとつは作物水利用効率(WUEc)で、供給された水が作物の蒸散・蒸発の要求をどれだけ満たしたかという物理的な効率を示します。著者らは、この2つはしばしば混同されるが測っている次元が異なる、と区別を強調しています。収穫時には果実を可販果・非可販果・青果に分けて数と重さを量り、果実の硬さ、糖度(°Brix)、乾物率、窒素含量、アスコルビン酸(ビタミンC)、リコペン、カロテノイド、ポリフェノール、抗酸化活性などを分析しました。

報告された主な結果

著者らの報告によれば、資材の種類を問わず、マルチングは両年とも可販収量を増やしました。裸地と比べた増加は2024年が48%、2025年が24%で、主な要因は1株あたりの果実の数が増えたことでした。2024年の内訳を見ると、裸地が1ヘクタールあたり83.4トンで最も低く、デンプン系フィルム(BM1)は132.8トン、紙マルチとコポリエステル系フィルムはその中間の115.4トンと123.4トンでした。一方、果実1個あたりの平均重量は約59グラムで処理間に差がなく、収量の差は果実数(マルチ区で平均63.5%増)によって説明されると述べられています。

果実の品質では、マルチ区の果実のほうが硬く、糖度も3〜9%高い値を示しましたが、糖度の差が統計的に有意だったのは2年目のみでした。成分には資材による違いが現れています。生分解性フィルムはアスコルビン酸の含量を紙マルチに対して46%高め、逆に紙マルチは地温を下げる働きによってリコペンを52%、カロテノイドを24%高めました。実際、紙マルチの区では作期を通じて地温が他より低く推移し、2024年は5月の約21℃から7月の約26℃、最も高温だった裸地は7月に約28℃に達しています。果実の窒素含量は紙マルチで低く(2024年は26%、2025年は3.6%低い値)、2024年の窒素含量が最も高かったのはBM1でした。

水の面では、マルチングによって使用する灌漑水量が減り、作物水生産性が改善しました。とくに2024年の差が大きく、紙マルチが供給水1立方メートルあたり83.78キログラムだったのに対し、裸地は48.80キログラムでした。2025年は全体として水生産性の水準が下がったものの、マルチを施した区のほうが効率は安定していたと報告されています。なお2作期の気象は同じではなく、作期を通じた降水量は2024年が約67.2ミリメートル、2025年が122.2ミリメートルでした。

この研究が示すこと

この試験から見えてくるのは、マルチングが単に収量を押し上げるだけの技術ではない、ということです。紙と生分解性フィルムはどちらも裸地より多くの実を、より少ない水で実らせましたが、地温への働きかけが違うため、果実に蓄えられる成分の傾向も分かれました。冷涼に保つ紙マルチは色素であるリコペンやカロテノイドを、フィルムはアスコルビン酸を、それぞれ高める方向に働いたわけです。著者らが確かめたかった「組成の異なる生分解性資材は同じものとして扱えるのか」という問いに対し、両年のデータは、収量では似た効果をもたらす一方、品質の面では互いに置き換えられるわけではないことを示しています。

著者らは、地中海地域の加工用トマト栽培において、生分解性マルチはポリエチレンに代わる持続可能な選択肢となりうると結論づけています。回収の手間や土に残る破片という課題を抱えない資材で、限られた水からより多くの収穫を得られたという結果は、水の制約が強まる地域で栽培のやり方を考え直すうえでの一つの手がかりになります。同時にこの研究は、どの資材を選ぶかが、何をどれだけ穫るかだけでなく、どんな実が穫れるかにも関わる判断であることを示しています。

著者:Maria Eleonora Pelosi(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)、Lucia Ottaiano(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)、Ida Di Mola(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)、Eugenio Cozzolino(Council for Agricultural Research and Economics (CREA), Research Center for Cereal and Industrial Crops)、Mohamed Houssemeddine Sellami(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)、Luca Vitale(National Research Council (CNR), Institute for Agricultural and Forestry Systems in the Mediterranean (ISAFoM))、Mauro Mori(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Maria Eleonora Pelosi, Lucia Ottaiano, Ida Di Mola, et al. Biodegradable mulches vs. bare soil in processing tomato improves yield, quality and water productivity under Mediterranean conditions. Frontiers in Sustainable Food Systems 2026-08-27. DOI: 10.3389/fsufs.2026.1941196. 原著ライセンス:CC BY.