小麦などの穀物に残る農薬の存在は、食の安全を考えるうえで見過ごせないテーマです。農薬は病害虫や雑草から作物を守るために欠かせない一方、収穫された穀粒にどの程度残るのかは、散布のタイミングや方法によって変わります。今回紹介する研究は、実際の圃場(畑)での散布試験と、その後の加工工程による低減効果を組み合わせて調べたユニークな取り組みです。「もし残留農薬が検出された場合、その後の加工でどこまで減らせるのか」という、食品加工側からのアプローチが特徴です。

この研究ではまず、小麦の栽培圃場において、除草剤・殺菌剤・殺虫剤の有効成分を選び、散布時期を変えて処理し、収穫した穀粒に残留がどの程度生じるかを調べました。その結果、通常の散布スケジュールに従った場合には検出可能な残留は見られなかった一方で、散布時期が遅れたり、散布回数が重なったりした条件では、除草剤クロピラリドや、殺菌剤のエポキシコナゾール、ピディフルメトフェン、アゾキシストロビンによる測定可能な残留が確認されました。

研究でわかったこと

次に研究チームは、こうして残留農薬が生じた小麦を対象に、「発芽」と「乳酸菌発酵」を組み合わせた加工によって残留量を減らせるかどうかを検証しました。まず発芽処理だけでも、クロピラリド、エポキシコナゾール、ピディフルメトフェン、アゾキシストロビンの残留が部分的に減少することが確認されました。これは、発芽にともなって働き始める酵素の作用や酸化反応、さらには穀粒に付随する微生物による分解などが関わっている可能性があるとされています。

さらに、発芽させた小麦粉を、乳酸菌(Lactiplantibacillus plantarum、Levilactobacillus brevis、Pediococcus pentosaceus、Limosilactobacillus fermentumの4種)を用いて発酵させたところ、農薬残留はより大きく減少しました。具体的には、アゾキシストロビンは完全に除去され、エポキシコナゾールは最大55%、ピディフルメトフェンは最大34%の減少が報告されています。一方、発芽させずに同じ条件で発酵だけを行った小麦粉では、こうした顕著な農薬の分解は見られなかったとのことで、発芽によって穀粒の内部状態があらかじめ変化しておくことが、発酵による分解効果を引き出すうえで重要な役割を果たしていると考察されています。

研究チームは、こうした残留低減のメカニズムについて、微生物の代謝活動や補因子の働きに支えられた加水分解・酸化反応の促進が関与している可能性を示唆しています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この研究は、圃場での適切な農薬管理が基本であることを前提としたうえで、それでも生じてしまう残留農薬に対する「後工程での対策」を検討したものです。発芽と発酵を組み合わせた加工は、栄養価を保ちながら残留農薬を低減できる、持続可能かつ食品に適した手法になりうると位置づけられています。ただし、これは一つの研究で得られた知見であり、対象となった農薬の種類や条件も限定的です。効果の程度は農薬の種類によって異なっており(アゾキシストロビンは完全除去だがエポキシコナゾールやピディフルメトフェンは部分的な減少にとどまるなど)、あらゆる農薬に同様の効果があるとは述べられていません。実際の食品への応用可能性については、今後さらなる研究の積み重ねが必要と考えられます。

まとめ

この研究では、小麦の圃場試験を通じて、散布時期の遅れや反復散布が残留農薬の一因となりうることが示されるとともに、発芽と乳酸菌発酵を組み合わせた加工によって、一部の残留農薬(クロピラリド、エポキシコナゾール、ピディフルメトフェン、アゾキシストロビン)を低減できる可能性が報告されました。特に発芽処理が発酵による分解効果を引き出す前提条件として重要であった点が興味深い知見といえます。今後、全粒穀物製品の安全性を高める手法の一つとして、さらなる検証が期待されます。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:部分発芽と乳酸菌発酵の組み合わせによる小麦粉中の圃場由来農薬残留物の低減(ジャーナル・オブ・アグリカルチャー・アンド・フード・リサーチ・2026年07月)