著者の所属・活動拠点の国は、ブラジルです。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

栄養豊富な穀物が、なぜ食べられていないのか

パールミレット(トウジンビエ)は、世界で6番目に重要とされる穀物で、雑穀類の中では最も広く栽培されています。根が深く張るため、乾燥や酸性でやせた土地にも比較的強く、肥料も少なくて済むことから、気候変動に強い食料システムの候補としてたびたび話題に上ります。

ブラジルでも少なくとも50年前から栽培されており、ブラジル農牧研究公社(Embrapa)の推計では、セラード地域でおよそ400万ヘクタールに作付けされています。ただしその用途は主に、土壌を覆って守る「被覆作物」や家畜の飼料で、人の食事にはほとんど使われていません。

著者らは、製粉や食品加工の設備が整った地域で大規模に生産されている栄養豊富な穀物が、なぜ人の食品の流れに入っていかないのかという問いを立てました。これまでの研究は成分や加工技術を記述するものが中心で、「栽培されているのに食べられない理由」を体系的に分析したものはなかったと著者らは述べています。そして、この穀物の最大の栄養的な長所が、同時に最大の弱点でもあると論じています。

どのように調べたか

この論文は、既存の研究を幅広く集めて論点ごとに整理する「ナラティブ・レビュー(叙述的総説)」です。テーマが成分の化学、加工工学、官能評価(人が味や見た目をどう感じるかの評価)、栄養学にまたがるため、数値を一つの統計手法でまとめる方法はとらなかったと説明されています。

研究チームは2026年1月から9月にかけて複数の学術データベースを検索し、ブラジルの農業・食品技術関連の資料も調べて、183本の文献を選びました。ブラジルと似た品種や気候・土壌条件の研究、とくに食品技術のデータを含む研究を優先しています。試験管内の実験、動物実験、人を対象とした研究は区別して扱い、成分データについては、粒のままか、ひきたての粉か、保存後の粉かといった状態も可能な範囲で記録しました。

そのうえで、畑から加工、保存、配合、消費者の受け入れまでを一続きの流れとしてとらえ、ある問題を解決すると別の問題が生じるという相互のつながりに注目して、ブラジルの条件に即して分析しています。

栄養面の特徴と、立ちはだかる五つの壁

文献から集めた成分値(品種や産地、分析法の違いによる幅をもつ参考値で、同一条件での比較ではありません)によると、パールミレットの粉は100グラムあたり平均で脂質約7.0グラム、食物繊維約12.6グラム、たんぱく質約9.3グラムを含みます。脂質は精製小麦粉(約1.2グラム)やコメ(約0.8グラム)、オーツ麦(約4.1グラム)より多く、その中心はリノール酸です。食物繊維も比較した穀物の中で最も多く、その大半は水に溶けない不溶性繊維でした。必須アミノ酸をすべて含み、鉄、カルシウム、亜鉛のほか、抗酸化作用をもつフェノール化合物やトコフェロールなども含まれます。グルテンを含まないことも特徴です。

一方で著者らは、食卓への普及を妨げる五つの関連し合う壁を整理しました。一つ目は味や見た目です。ブラジルの穀物食文化は小麦が基準で、パールミレットの粉は灰色がかり、フェノール化合物による苦みや渋みがあります。こうした特徴は、保存中に脂質の酸化が進むと強まることがあります。

二つ目が、製粉後の脂質の不安定さです。粉にすると、もともと粒に含まれる酵素が脂質を分解・酸化させ、においの原因となる物質が生じます。報告によれば、粉は一般に2〜3週間ほどで風味の面で受け入れられない状態になります。脂質の多さという長所が、保存期間の短さという弱点に直結し、その後の加工や流通にまで影響するというのが著者らの見方です。

三つ目は、食品に含まれている栄養素の総量と、消化の過程で食品から溶け出して吸収されうる状態になる量(生体接近性)が一致しない点です。加工によって栄養素が増えたり減ったりするため、総量だけでは実際に役立つ量はわかりません。さらに、タンニンやフィチン酸といった成分が鉄や亜鉛などと結びつき、吸収を妨げることがあります。加工によってこれらの問題をある程度和らげることはできますが、粉が家庭や工場の台所に届く時点で解決しているわけではないと指摘されています。

四つ目は、グルテンがないために生地が扱いにくいことです。パールミレット粉だけでパンを作ると膨らみが小さく、食感も劣ります。そのためブラジルでは小麦粉などと混ぜて使うのが一般的ですが、混ぜれば混ぜるほど、そもそもこの穀物を使う理由である食物繊維やミネラル、フェノール化合物の寄与が薄まり、グルテンフリーという強みも失われます。おいしさと栄養上の利点が両立する配合割合は、まだ答えの出ていない中心的な問題だとされています。五つ目として、粉の汚染への弱さも、食の安全と事業としての成り立ちに関わる課題に挙げられています。

問われているのは「何が含まれるか」ではなく

パールミレットに関する栄養成分の知見は、すでに数多く蓄積されています。そのうえで著者らは、課題はもはやこの穀物に何が含まれているかを知ることではなく、流通に耐え、栄養上の特性を保ち、ほかの作物を中心に回る食のしくみの中で居場所を得られる粉をつくることにあると結論づけています。そのためには、加工に関する研究、消費者の研究、そしてブラジルの条件のもとで得られた根拠が必要だとしています。

この総説は、栄養面の長所と食品としての扱いにくさが表裏一体であることを示し、畑から食卓までの各段階の壁を一つの流れとして見渡す視点を提示しています。

原著論文の著者・所属:Ângela Christina Conte Theodoro(Graduate Program in Health and Development in the Central-West Region, Medical School, Federal University of Mato Grosso do Sul, Campo Grande 79070-900, Brazil)、Rita de Cássia Avellaneda Guimarães(Graduate Program in Health and Development in the Central-West Region, Medical School, Federal University of Mato Grosso do Sul, Campo Grande 79070-900, Brazil)、João Renato de Jesus Junqueira(Pharmacy Department, Federal University of Minas Gerais, Belo Horizonte 31270-901, Brazil)、Juliana Rodrigues Donadon(Pharmaceutical Science, Food and Nutrition Faculty, Federal University of Mato Grosso do Sul, Campo Grande 79070-900, Brazil)、Arnildo Pott(Graduate Program in Plant Biology, Federal University of Mato Grosso do Sul, Campo Grande 79070-900, Brazil)、Aline Carla Inada(Graduate Program in Health and Development in the Central-West Region, Medical School, Federal University of Mato Grosso do Sul, Campo Grande 79070-900, Brazil)、Rosângela dos Santos Ferreira(Graduate Program in Health and Development in the Central-West Region, Medical School, Federal University of Mato Grosso do Sul, Campo Grande 79070-900, Brazil)、Karine de Cássia Freitas(Graduate Program in Health and Development in the Central-West Region, Medical School, Federal University of Mato Grosso do Sul, Campo Grande 79070-900, Brazil)、Valter Aragão do Nascimento(Graduate Program in Health and Development in the Central-West Region, Medical School, Federal University of Mato Grosso do Sul, Campo Grande 79070-900, Brazil)、Priscila Aiko Hiane(Graduate Program in Health and Development in the Central-West Region, Medical School, Federal University of Mato Grosso do Sul, Campo Grande 79070-900, Brazil)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ângela Christina Conte Theodoro, Rita de Cássia Avellaneda Guimarães, João Renato de Jesus Junqueira, et al. From Cover Crop to Food Crop: Nutritional Composition and Evidence Gaps Limiting Human Consumption of Pearl Millet in Brazil. Foods 2026-10-22. DOI: 10.3390/foods15213782. 原著ライセンス:CC BY.