この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in microbiology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
食用きのこの一種であるハタケシメジ(Lyophyllum decastes)は、東アジアの食品市場で関心が高まっているきのこです。従来の栽培では、実際にきのこの傘や柄(子実体)ができるまで育てる方法が主流ですが、時間がかかり、培地の組成や環境条件にも左右されます。そこで注目されているのが「液体培養(submerged cultivation)」です。これは、液体の培地の中で菌糸(きのこの本体にあたる糸状の組織)だけを育てる方法で、培地の成分や酸素の供給、培養期間を細かく調整しやすいという利点があります。ただし、ハタケシメジの菌糸は成長が比較的遅く、液体培養での菌糸量の増加には限界があると論文は述べています。
研究チームが着目したのは、エゾウコギ(Acanthopanax senticosus)という薬用植物の熱水抽出液です。この植物には多糖類やシリンギン、エレウテロシドEといった成分が含まれることが知られています。別の研究では、漢方薬の抽出物がキクラゲの液体発酵に影響したという報告もあり、植物由来の抽出液が食用菌の培養に作用しうることが示唆されていました。しかし、エゾウコギ抽出液がハタケシメジの菌糸の増加を促すかどうかは分かっていませんでした。著者らは、この点を確かめるとともに、もし影響があるなら培養のどの段階でどのような遺伝子の働きの変化を伴うのかを調べることを目的としました。
何をどのように調べたか
研究チームはまず、市販されているハタケシメジの子実体から組織を切り出して菌を分離し、LD-DZ2025という名前をつけました。DNAの特定領域(ITS領域)の配列を調べたところ、データベース上のハタケシメジの参照配列と100%一致し、系統解析でもハタケシメジを含むグループに位置づけられました。ただし著者らは、近縁種どうしをITS配列だけで区別する能力には限界があることも併記しています。
次に、エゾウコギの乾燥樹皮の粉末を熱水で抽出し、濃縮・凍結乾燥して粗抽出物(ASAE)を作りました。この抽出物中の多糖類は乾燥重量の1.86%を占め、シリンギンは1g当たり0.52±0.19mg、エレウテロシドEは1.34±0.11mg含まれていました。
この抽出物を0から1,000mg/Lまでの8段階の濃度で液体培地に加え、25℃・暗所で7日間培養して菌糸の乾燥重量を量りました。さらに、遺伝子の働きの変化を追うために、抽出物を加えない対照群と加えた処理群それぞれについて、培養3日目・5日目・7日目に菌糸を採取し、RNAシーケンシング(細胞内でどの遺伝子がどれだけ働いているかを網羅的に読み取る手法)を行いました。ハタケシメジは公開された遺伝子注釈が限られているため、読み取った配列からデノボ(参照なし)で転写産物を組み立てる方法が採られています。得られたデータには、似た変動をする遺伝子をグループ(モジュール)にまとめる共発現ネットワーク解析や、遺伝子セット単位の濃縮解析を組み合わせ、一部の遺伝子についてはRT-qPCRという別の手法で発現の傾向を確認しています。
主な報告結果
7日間の培養では、抽出物の効果は濃度によって異なりました。50mg/Lを加えた培養では菌糸の乾燥重量が0.958±0.043gとなり、何も加えなかった対照の0.781±0.014gに比べて22.7%高い値でした(p<0.05)。一方、最も高い1,000mg/Lでは0.655±0.037gまで有意に低下しており、濃度が高ければよいという関係ではないことが示されています。
続いて50mg/Lを使った時間経過の実験では、培養日数・処理・両者の相互作用のいずれにも有意な影響が認められました。ただし個別の比較では、3日目と5日目では対照群と処理群に有意な差はなく、7日目に有意な差が現れ、9日目には再び両群の乾燥重量が同程度に戻りました。著者らはこの結果を、50mg/Lの抽出物が培養の中盤から終盤にかけて菌糸量の蓄積を一時的に速めたものの、今回の条件下で9日目に測定した最終的な収量そのものを増やしたわけではない、と説明しています。7日目の培養液の見た目についても、菌糸のかたまり(ペレット)が覆う面積の割合が、対照で68〜71%、処理群で75〜77%と、3回の独立した培養でいずれも処理群のほうが高くなりました(平均差6.33ポイント、p=0.0108)。ただし、ペレットの数や大きさ、内部構造までは詳しく測っていないため、これは「目に見えるペレットの被覆面積が増えた」という範囲の結果だと論文は限定しています。
遺伝子発現の解析では、21試料から150.02Gbのデータが得られ、51,374個のユニジーン(遺伝子に相当する単位)が組み立てられました。共発現解析で見つかった6つのモジュールのうち、MEblueと名付けられた2,800遺伝子のグループが菌糸の乾燥重量と最も強い正の相関を示しました(r=0.596、p=0.0044)。このモジュールは培養時間・処理・その相互作用のすべてから有意な影響を受けており、著者らは、処理だけに反応する調節モジュールではなく、培養の進行と処理の両方に結びついて菌糸量の変化を追跡するモジュールだと解釈しています。また、この解析はMEblueに属する遺伝子が菌糸量の増加に必要であることを証明するものではない、とも明記されています。試料間の相関解析と主成分分析では、対照群と処理群の発現パターンの隔たりが7日目に最も大きくなっており、これは菌糸量やペレットの見え方に差が出た時期と重なっていました。
この研究が示すこと
この研究は、エゾウコギの熱水抽出液を液体培地に低濃度で加えると、ハタケシメジの菌糸が増えるペースが培養の途中で一時的に速まり、その時期に遺伝子の働き方にも最も大きな違いが現れることを報告しています。同時に、高濃度ではむしろ菌糸量が減ること、そして最終的な収量そのものは変わらなかったことも合わせて示されており、「加えれば増える」という単純な話ではないことが分かります。著者らは、今回特定されたモジュールや遺伝子はあくまで仮説を生み出すための候補であり、今後の機能的な検証や培養条件の検討につなげるための手がかりだと位置づけています。
著者:Wen S(College of Life Sciences, Dezhou University, Dezhou, Shandong, China.)、Li W(Dezhou Academy of Agricultural Sciences, Dezhou, Shandong, China.)、Jian R(Inner Mongolia Academy of Agricultural and Animal Husbandry Sciences, Hohhot, Inner Mongolia, China.)、Wei X(College of Life Sciences, Dezhou University, Dezhou, Shandong, China.)、Sun X(College of Life Sciences, Dezhou University, Dezhou, Shandong, China.)、Liu C(College of Life Sciences, Dezhou University, Dezhou, Shandong, China.)、Li W(College of Life Sciences, Dezhou University, Dezhou, Shandong, China.)、Wen C(College of Life Sciences, Dezhou University, Dezhou, Shandong, China.)、Yang W(Dezhou Municipal Hospital, Dezhou, Shandong, China.)、Yang Y(College of Life Sciences, Dezhou University, Dezhou, Shandong, China.)、Wang H(Belgorod College of Food Sciences, Dezhou University, Dezhou, Shandong, China.)、Qiu Z(College of Life Sciences, Dezhou University, Dezhou, Shandong, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Wen S, Li W, Jian R, et al. Transient acceleration of <i>Lyophyllum decastes</i> mycelial biomass accumulation by <i>Acanthopanax senticosus</i> extract. Frontiers in microbiology 2026-09-03. DOI: 10.3389/fmicb.2026.1894250. 原著ライセンス:CC BY.