この研究は、ジョージア、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Journal of Applied Economics and Policy Studies
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:増産しても収入が増えない現場の矛盾
アワビは中国の海産物のなかでも高級食材として扱われてきましたが、人工種苗と養殖技術が普及したことで生産量が大きく伸び、一般家庭の食卓にも並ぶようになりました。その一方で、著者らは生産の現場に別の問題が生じていると指摘します。生産コストは上がり、販売価格は下がるという、生産者にとって厳しい状況です。
この研究が対象としたのは、福建省東山県のアワビ産業です。論文によれば、東山県は種苗生産が特に発達した地域で、年間およそ60億粒の種苗を産出し、これは全国のおよそ6割を占めるとされています。著者らは、この地域の養殖品種、養殖方式、生産工程、市場価格の変動を体系的に整理したうえで、供給側のコスト圧力と需要側の市場分化という中心的な矛盾を明らかにし、生産者余剰と消費者余剰をともに高める経済学的な観点から改善の道筋を検討しました。
何を調べたか:品種・養殖方式・価格の推移
著者らは、中国沿岸で養殖される主なアワビ品種の特徴を比較しています。北方系のエゾアワビ(Haliotis discus hannai)は身がしっかりして品質評価が高い一方、高温への耐性が低く夏季の死亡率が高いこと、南方系のトコブシ類(Haliotis diversicolor)は成長が速いものの病気に弱いことなどが挙げられます。東山県の主力となっているのは「黄金鮑(緑盤鮑)」で、これはアメリカ産アワビとエゾアワビを交配して育成された品種だと説明されています。論文では、この品種について、従来のエゾアワビと比べて高温耐性の上限が2.26度高く、同じ養殖条件下での成長速度が約50%速く、標準的な養殖期間では生存率が高く生産量がおよそ30%増加すると報告されています。
養殖方式についても、陸上の水槽で水温や塩分を人工的に管理する「陸上工業化養殖」、いかだから何層もの養殖かごを吊るす「浅海いかだ垂下式かご養殖」、天然の岩礁に稚貝を放流する「底播き放流」、そして季節に応じて南北の海域間でアワビを移動させる「南北リレー養殖」の四つが比較されています。東山県ではかつて伝統的ないかだ養殖が主流でしたが、病気が広がりやすいこと、餌の食べ残しや排泄物による局所的な富栄養化の懸念があること、さらに稚貝を食べる小型のカニなどを取り除きにくいという現場の声があり、近年は浅海いかだ垂下式かご養殖への移行が進んでいると述べられています。
価格の面では、中国漁業統計年鑑のデータをもとに、2015年以降の海面アワビ養殖生産量の急増が示され、2021年には21万7800トン、前年比7.1%増に達したと報告されています。市場価格については、2018年から2020年にかけては1斤あたり8〜12個の中サイズの活アワビの卸売価格がおよそ60〜90元で比較的安定していたのに対し、2021年から2023年にかけて養殖が拡大した結果、1斤あたり11個程度の小型アワビの卸売価格は30〜45元まで下落したとされています。同時に、大型アワビの卸売価格は1斤100元を超える水準を保っており、市場が明確に分化していったことが指摘されています。
主要な報告:災害時の価格が一様に動かないこと、そして六つの改善策
著者らが注目したのは、台風や赤潮、病気の発生でアワビが大量に死んでも、市場が常に同じ反応を示すわけではないという点です。被害が限られた地域にとどまり、他地域から供給が入れば、短期的に価格が上がることもあります。しかし、減産と消費需要の低迷が重なると、「減産しても値上がりしない」という事態が起こります。論文では2020年の事例が挙げられており、東山島で病気による大量死が発生して生産量が落ちたにもかかわらず、外食産業が大きな打撃を受けていたため在庫が積み上がり、減産と値下がりが同時に起きたと報告されています。生産者は価格の回復を期待して売り控え、それが在庫圧力をさらに強めたとされています。
コスト構造についても具体的な数値が示されています。飼料費はアワビ養殖の総コストの48%を占め、生産者にとって最大の固定的支出です。また現地調査からは、稚貝のサイズ選別や付着生物の除去、給餌量の調整をこまめに行う養殖業者は生存率を85%以上に保てる一方、粗放な管理では60%を下回るという差が確認されました。著者らは、生存率が10ポイント下がることは単位生産コストのおよそ12%の実質的な上昇に相当すると述べています。
これらの分析を踏まえ、著者らは六つの改善の道筋を提案しています。第一に、稚貝の品質等級づけと生産履歴をたどれる仕組みをつくり、環境ストレス耐性や成長速度といった指標で評価・価格づけすること。第二に、協同組合を通じた飼料の共同購入と、地元の水産加工副産物を活用した配合飼料への代替でコストを下げること。第三に、選別頻度や給餌基準、かごの清掃頻度を定めた標準的な作業手引きを普及させ、技術者が現場を巡回して支えること。第四に、サイズ・色つや・活力に基づく三〜四段階の等級区分を産地の卸売市場で公開し、飲食チェーンや生鮮ECへの直接供給、ライブコマースなど販路を広げること。第五に、すぐ食べられる加工品や調理済み料理など高付加価値の加工を進め、活アワビの相場が悪いときに出荷の一部を加工へ回す「緩衝装置」とすること。第六に、地域単位の価格早期警戒と緊急買い上げの仕組みを整えることです。
この研究が示すもの
著者らが描き出しているのは、生産者の利益と消費者の利益が対立するものではなく、同じ産業構造の問題から生じているという見方です。稚貝の質が見分けにくいことは、生産者にとっては後の死亡率と投薬コストの増加を意味し、消費者にとっては食品としての安心の不確かさにつながります。等級の基準が見えないことは、生産者が良質な大型アワビに見合った対価を得にくくする一方、消費者にとっては価格差の理由がわからないという不信の種になります。
論文は、コスト削減・品質の安定・リスク分散を産業全体で連携して進めることで、生産者の利益率と消費者が感じる価値の両方を同時に高め、双方にとって利益のある均衡が生まれうると結論づけています。豊富な生産量が必ずしも豊かさに結びつかない現場に対して、どの工程に手を入れれば流れが変わるのかを段階ごとに示した点に、この分析の意義があると言えるでしょう。
著者:Zhenyi Lin(Sendelta International Academy)、Xinyu Liu(HD Shanghai Bilingual School)、Lirong Zhang(Ningbo Xiaoshi High School)、Rui Wang(Shanghai Hongwen School)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Zhenyi Lin, Xinyu Liu, Lirong Zhang, et al. Analysis on benefit enhancement links for consumers and producers in abalone aquaculture. Journal of Applied Economics and Policy Studies 2026-09-17. DOI: 10.54254/2977-5701/2026.37037. 原著ライセンス:CC BY.