この研究は、インドの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Genetics and Molecular Research

ライセンス: CC BY-SA 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

「隠れた飢餓」と作物の栄養強化

食料の量が足りていても、鉄、亜鉛、葉酸、ビタミンAといった微量栄養素が不足する状態は「隠れた飢餓」と呼ばれます。この総説で著者らは、既存の調査をもとに、世界で20億人を超える人々が微量栄養素の不足を抱えていることを紹介しています。また、就学前の子どもの2人に1人、生殖年齢の女性の3人に2人が、少なくとも一つの微量栄養素の不足を抱えているという推計にも触れています。

主食となる穀物、豆類、イモ類は、多くのエネルギーを供給する一方で、いくつかの微量栄養素の供給源としては乏しいとされます。対策には、食事の多様化、加工食品への栄養素の添加(工業的フォーティフィケーション)、作物そのものの栄養価を高める「バイオフォーティフィケーション」があります。著者らはこのうち、品種改良によって種子に栄養強化の性質を組み込む方法に注目しています。この方法には、栄養価の高い品種の種子がいったん普及すれば、毎年追加の費用をかけずに効果が続くという利点があると論文は説明しています。

この論文は新しい実験の報告ではなく、これまでの研究成果をまとめた総説です。遺伝学とゲノム研究の手法が、作物の栄養強化にどう活用されてきたかを整理することを目的としています。

整理された遺伝的しくみと育種技術

著者らはまず、栄養価に関わる形質の遺伝的なしくみをまとめています。穀粒中の鉄や亜鉛の量、ビタミンAのもとになるβ-カロテンの蓄積、必須アミノ酸の組成などは、多数の遺伝子がそれぞれ小〜中程度の影響を及ぼす「量的形質」です。こうした形質は、栽培環境によっても大きく左右されます。

鉄と亜鉛については、土壌からの吸収、植物体内での輸送、貯蔵、子実への蓄積に関わる遺伝子群として、ZIP、NRAMP、YSL、VIT、フェリチン、ニコチアナミン合成酵素などが挙げられています。β-カロテンについてはトウモロコシのcrtRB1とlcyE、タンパク質の質についてはopaque2とopaque16という遺伝子座が取り上げられています。

育種の技術としては、段階的に発展してきた手法が紹介されています。染色体上で形質に関わる領域(QTL)を特定する解析、DNAの目印(マーカー)を使って望ましい遺伝子を持つ個体を選ぶマーカー選抜、多様な系統を使って関連領域を細かく探るゲノムワイド関連解析(GWAS)、全ゲノムの情報から個体の育種価を予測するゲノム選抜、そして狙った遺伝子を改変するCRISPR-Casゲノム編集です。さらに、世代交代を早める「スピード育種」とゲノム選抜の組み合わせや、多数の系統のゲノムをまとめたパンゲノム資源、複数の分子データの統合(マルチオミクス)、AIの活用といった新しい流れにも触れています。

作物ごとに紹介された主な成果

コムギでは、NAM-B1という遺伝子の機能型が葉の老化と養分の再移動を早めます。機能を持たない型と比べて、穀粒の鉄が約18%、亜鉛が約12%増えたという先行研究の結果が紹介されています。トウモロコシでは、crtRB1の有利な型によってプロビタミンAの量が、一般的な黄色トウモロコシの1グラムあたり2マイクログラム未満から、育種目標とされる約15マイクログラムまで高められるとされます。さらに、この遺伝子とタンパク質の質を高めるopaque2などを一つの品種にまとめる「形質の積み重ね」が進んでいることも報告されています。opaque2の変異は、胚乳中のリシンとトリプトファンをおよそ2倍にするとされています。

イネは、胚乳でβ-カロテンを作る経路がもともと働いていないため、外部から遺伝子を導入するゴールデンライスが開発されました。第2世代の系統では精米1グラムあたり約20〜30マイクログラムのβ-カロテンが蓄積するとされ、2021年7月にフィリピンで商業栽培が承認されています。トウジンビエでは、ICRISATが開発した品種「Dhanashakti」が紹介されています。この品種は元の品種より鉄が約9%多く、収量も約11%高いとされます。さらに、同程度の鉄含量で収量が33〜38%高いハイブリッド品種も開発されたと述べられています。

このほか、キャッサバでは遺伝子導入によってカロテノイドを増やすと乾物含量が下がる系統が出るという課題が報告されています。インゲンマメでは、鉄・亜鉛の蓄積に関わる領域が収量に関わる領域と重なることがある、という事例も取り上げられています。

残された課題とこの総説が示すもの

著者らは、穀粒中の栄養素の濃度が上がっても、それがそのまま人の栄養状態の改善につながるわけではないと指摘しています。例えば、穀物に含まれるフィチン酸は腸で鉄や亜鉛と結びつき、体内への吸収(生物学的利用能)を下げます。そのため、育種ではフィチン酸を減らす性質との組み合わせなども進められています。また、消費者や農家に受け入れられるかどうかも影響を左右する要因として挙げられています。ゴールデンライスは、遺伝子組換えをめぐる議論のために栽培承認まで長い年月を要しました。

限界としては、栄養価と収量の間のトレードオフ、栽培環境によって遺伝子の効果が変わること、複数の栄養形質を一つの品種に積み重ねる際の複雑さが整理されています。

総説全体からは、単一の栄養素を強化する育種は複数の主食作物ですでに広く展開できる段階に達しているという著者らの見方が読み取れます。そのうえで、精密なゲノム技術を使い、収量が高く気候変動にも強い品種の中に複数の栄養・品質形質をまとめることが、今後の焦点になりつつあると示されています。

著者:Srilakshmi Gonna(Dept. of Genetics and Plant Breeding , Tamil Nadu Agricultural University , Coimbatore 641003 , Tamil Nadu , India)、Anandhi K.、N. Manivannan、V. Babu Rajendra Prasad、L. Rajendran(Dept. of Genetics and Plant Breeding , Tamil Nadu Agricultural University , Coimbatore 641003 , Tamil Nadu , India)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Srilakshmi Gonna, Anandhi K., N. Manivannan, V. Babu Rajendra Prasad, L. Rajendran BIOFORTIFICATION THROUGH MODERN BREEDING: GENETIC AND GENOMIC STRATEGIES FOR NUTRITIONAL SECURITY. Genetics and Molecular Research 2026-09-23. DOI: 10.4238/bmjcwj67. 原著ライセンス:CC BY-SA 4.0.

本紹介記事の文章(題名・見出しを含む)は、CC BY-SA 4.0で提供します。原著論文をもとにNutriMap Japanが日本語で要約・説明を加えています。対象は本紹介記事の文章に限り、ヒーロー画像・サイトのロゴ・画面デザイン・他の記事・データベース全体は含みません。