この研究は、ポーランドの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Process Safety and Environmental Protection

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

ナラやカシなどコナラ属(Quercus)の樹木が実らせるドングリは、季節ごとに大量に得られる一方で、産業的にはほとんど活用されていないバイオマスだと著者らは述べています。渋みや消化を妨げる作用のもとになるタンニンを多く含むため食用としては敬遠されてきましたが、そのタンニンを含むポリフェノール類は、酸化を防ぐはたらきをもつ成分として注目されている、というのが研究の出発点です。

ただし、従来のポリフェノール抽出はエタノールやメタノール、アセトンといった有機溶媒に頼っており、毒性・引火性・溶媒回収の難しさといった安全面と環境面の課題があると論文は指摘しています。そこで研究チームは、天然共晶溶媒(NADES:Natural Deep Eutectic Solvents)を使った、より環境負荷の小さい抽出法を組み立てることを目的としました。NADESとは、糖や有機酸、アミノ酸といった天然由来で生分解性のある成分を2種類以上組み合わせると、常温付近で液体になる性質を利用した溶媒です。水素結合を受け取る側(HBA)と与える側(HBD)の組み合わせや比率を変えることで、溶かしたい成分に合わせて性質を調整できる点が特徴とされます。

著者らによれば、ドングリからNADESでポリフェノールを回収する研究はこれまでほとんどなく、溶媒の選択と抽出条件の最適化を系統的に組み合わせた例もありませんでした。本研究は、食品グレードのNADESの選定、抽出条件の統計的最適化、物質収支の評価、そして得られた抽出物の機能の測定までを一つにつなげた点を新しさとして挙げています。

どのように調べたか

まず研究チームは、塩化コリンを水素結合受容体とし、尿素・乳酸・グリセロール・クエン酸・ブドウ糖の5種類を水素結合供与体として組み合わせた10種類の食品グレードNADESを用意しました。市販のドングリ粉を各溶媒と1対10の割合で混ぜ、25℃で1時間振とうして抽出し、総ポリフェノール量(TPC。没食子酸を基準にした換算値で表す指標)を比べています。比較対象として50%エタノールによる抽出も行いました。

次に、最も成績のよかった溶媒を使い、応答曲面法という統計的手法の一種であるBox-Behnken計画で抽出条件を最適化しました。これは、複数の条件を効率よく組み合わせた実験計画を立て、得られた結果から条件と成果の関係を式として推定する方法です。ここでは溶媒中の水の割合(0・25・50%)、抽出温度(20・40・60℃)、抽出時間(20・40・60分)の3つを取り上げ、計15条件を無作為な順番で、それぞれ2回ずつ実施しています。60℃や60分を上限としたのは、それ以上ではエネルギー消費が増え、熱に弱いポリフェノールが分解するおそれがあるためだと説明されています。

得られた抽出物については、DPPHという試薬の色の変化から抗酸化のはたらきを測る試験、UPLC-PDA-FLによる含まれる成分の同定、FTIRによる水素結合の状態の確認、大腸菌・黄色ブドウ球菌・緑膿菌の標準菌株に対する抗菌試験を行いました。さらに、投入した原料と溶媒の重さと、回収した液体・固体・損失分の重さを突き合わせる物質収支の評価や、32日間にわたる保存安定性の確認、GAPIという指標による手順全体の環境負荷の評価も実施しています。最適化には市販のドングリ粉を使い、そこで決まった条件をヨーロッパナラ(Q. robur)とフユナラ(Q. petraea)のドングリにも当てはめて、手法が別の原料にも通用するかを確かめる、という進め方がとられました。著者らは、これは種ごとの最適条件を定めるためではなく、あくまで手法の頑健さをみるためだと断っています。

報告された主な結果

10種類のNADESによる総ポリフェノール量は、1グラムあたり13.03±0.50ミリグラム(没食子酸換算、以下同じ)から33.97±0.87ミリグラムの範囲に収まりました。最も高かったのは塩化コリンと乳酸をモル比1対2で組み合わせた系で、50%エタノールで得られた32.00±1.60ミリグラムに匹敵する値です。グリセロールを含む系は最も低く、クエン酸やブドウ糖を含む系は25〜30ミリグラム程度でした。著者らは、この乳酸系が高い成績を示しただけでなく、調製が速く、均一な液体にするために加える水も少なくて済んだことから、最適化に進む溶媒として選んだと述べています。

条件の最適化では、統計解析の結果、3つの条件のうち有意な影響が認められたのは溶媒中の水の割合だけでした(p = 0.0379)。温度と時間は、調べた範囲内では有意な効果を示していません。モデルが示した最良の条件は、水25%・60℃・60分で、このとき予測値87.13ミリグラムに対し、確認実験では87.79±1.86ミリグラムが得られました。両者の差はおよそ0.76%にとどまっています。この値は、最適化前の条件と比べて156%の増加にあたると報告されています。なお著者らは、モデルの決定係数(R²)は0.878だったものの、項の数を考慮した調整済みR²は0.657であり、このモデルは調べた条件の範囲内での最適化に用いるにとどめ、範囲外への予測力を示すものではないと明記しています。

抽出プロセス全体の重さの収支では、NADESによる抽出での損失は5.6〜7.7%にとどまり、エタノールを使う経路より少なかったと報告されています。抽出物は高い抗酸化のはたらきを示し、DPPHの阻害率は最大84.6%に達しました。成分分析では、加水分解性タンニン、フラボノール、フェノール酸の存在が確認されています。最適条件を3種類のドングリ原料に適用したところ、総ポリフェノール量は67.43±1.11ミリグラムから117.65±2.55ミリグラムの幅となり、最も高かったのはフユナラの試料でした。

抗菌試験では、NADESを含む抽出物は試験したすべての菌株の増殖を抑え、最小発育阻止濃度は0.20〜0.39%(体積比)でした。ただし著者らは、抽出物を含まない溶媒そのものにも活性が認められたため、この結果は抽出物単独のはたらきではなく、溶媒と抽出物が合わさった作用として解釈すべきだとしています。

この研究が示すこと

この研究は、これまで利用されずに残されてきたドングリという原料から、天然由来で生分解性のある溶媒を使い、有機溶媒に頼る方法に見劣りしない量のポリフェノールを取り出せることを、条件の統計的な最適化と物質収支の確認をともなって示した報告です。溶媒の選び方だけでなく、加える水の量という一つの条件が回収量を大きく左右することも明らかになりました。

著者らは、緑の溶媒系の導入、プロセスの最適化、価値の低いバイオマスの活用を一つにつなげることで、持続可能な抽出経路をさらに発展させるための基礎を示したと位置づけています。使われずに捨てられてきたものを有用な素材へ変える取り組みを、化学工学の手続きとして具体的に描き出した点に、この研究の意味があるといえます。

著者:Paulina Wróbel(Wroclaw University of Science and Technology, Faculty of Chemistry, Department of Engineering and Technology of Chemical Processes, Gdanska 7/9, 50-344 Wroclaw, Poland)、Daniel Szopa(Wroclaw University of Science and Technology, Faculty of Chemistry, Department of Engineering and Technology of Chemical Processes, Gdanska 7/9, 50-344 Wroclaw, Poland)、Julia Zwolińska(Wroclaw University of Science and Technology, Faculty of Chemistry, Department of Engineering and Technology of Chemical Processes, Gdanska 7/9, 50-344 Wroclaw, Poland)、Agnieszka Nawirska‐Olszańska(Wroclaw University of Environmental and Life Sciences, Faculty of Biotechnology and Food Science, Department of Fruit, Vegetable and Plant Nutraceutical Technology, Chelmonskiego 37, 51-630 Wroclaw, Poland)、Anna Witek‐Krowiak(Wroclaw University of Science and Technology, Faculty of Chemistry, Department of Engineering and Technology of Chemical Processes, Gdanska 7/9, 50-344 Wroclaw, Poland)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Paulina Wróbel, Daniel Szopa, Julia Zwolińska, et al. Sustainable valorization of Quercus spp. acorns through natural deep eutectic solvents-assisted polyphenol extraction: A Box-Behnken design study. Process Safety and Environmental Protection 2026-08-29. DOI: 10.1016/j.cherd.2026.08.049. 原著ライセンス:CC BY.