この研究は、ブラジルの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Plants

ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: Crossref

ビール粕に眠る成分をどう生かすか

ビールを造ると、麦芽を煮出した後の搾りかすである「ビール粕」が大量に出ます。著者らによると、ビール粕はビール製造で生じる廃棄物の85%を占め、ビール100リットルあたり約20キログラムの湿ったビール粕が発生します。多くは家畜の飼料に回されるか埋め立てられています。

ビール粕は大麦の外皮などが主体で、食物繊維やたんぱく質に加え、抗酸化作用をもつ植物成分であるフェノール化合物(ポリフェノールの仲間)を含みます。ただし、これらの成分は植物の細胞壁に化学的に強く結びついているため、そのままでは取り出しにくいという課題があります。

研究チームは、麹菌(Aspergillus oryzae)でビール粕を発酵させる前処理と、環境負荷の小さい抽出技術を組み合わせてフェノール化合物の回収を高めること、さらに取り出した成分を植物由来のカルナウバろうを使った脂質ナノ粒子に包み込み、安定化を図ることを目的としました。

発酵と抽出の条件を比べる

最初に、水分を加えたビール粕に麹菌を植え付け、少量の水で行う「固体発酵」を最長7日間行いました。発酵の進み具合は、成分の抗酸化性を示す指標で追跡しました。その結果、発酵開始から2日間でフェノール化合物が急速に放出され、発酵させていないビール粕と比べて、還元能力は5倍、抗酸化活性は7倍に高まりました。3日目以降は横ばいになったため、発酵期間は2日間が最適と判断されました。著者らは、カビが作る酵素が成分と細胞壁の結合を切り離したためだと説明しています。

続いて、発酵したビール粕としていないビール粕を、エタノールを溶媒として二つの抽出法で処理しました。一つは高圧をかけて溶媒を高温の液体のまま使う加圧液体抽出、もう一つはマイクロ波で加熱するマイクロ波支援抽出です。温度は50〜150℃の範囲で変えました。全体として温度が高いほど抽出量と抗酸化活性は増えました。最も効率がよかったのは加圧液体抽出で、特に130〜150℃で優れていました。発酵の上乗せ効果は、70〜130℃程度の中間的な温度で最も大きく現れました。

個々の成分にみられた違い

研究チームは、液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせた高感度の分析法で、10種類のフェノール化合物とその関連化合物を測定しました。その結果、成分ごとに処理への反応が異なることが分かりました。

発酵後に加圧液体抽出(150℃)で得た抽出物では、p-クマル酸がビール粕1グラムあたり16.0マイクログラムと最も多く含まれていました。一方、トランス-フェルラ酸が最も多かったのは、発酵後にマイクロ波支援抽出(130℃)を行った場合で、1グラムあたり21.5マイクログラムでした。

発酵によってすべての成分が増えたわけではありません。カテキン、バニリン、没食子酸はおおむね減少しました。著者らは、細胞壁から放出された成分の一部が、カビの働きでさらに変換されたり分解されたりした可能性を示しています。ただし、この変換経路は測定結果の傾向と既知の生化学反応から推定したもので、実験で直接確かめたものではないと断っています。また、高温での抽出では熱によって細胞壁が壊れる効果も大きいため、発酵の効果は相対的に小さくなる傾向がみられました。

ナノ粒子への封入と研究の意味

研究チームは、安定した結果を示した加圧液体抽出の抽出物を選び、カルナウバろうに液状の油を混ぜた「ナノ構造脂質キャリア」と呼ばれる微粒子に封入しました。粒子の直径はいずれも300ナノメートル未満で、大きさのばらつきも小さく、電子顕微鏡では滑らかな球形であることが確認されました。

抽出物のうち粒子内に取り込まれた割合(封入効率)は最大で約35%でした。大豆レシチンの添加や、粒子の内側に水の層を設ける二重乳化の方法も試しましたが、封入効率に大きな違いは生じませんでした。一方で、粒子の大きさは少なくとも50週間ほぼ変わらず、分散状態は安定していました。

この研究は、麹菌による短期間の発酵と環境に配慮した抽出法を組み合わせることで、ビール粕から抗酸化成分をより多く回収できることを示しました。あわせて、脂質ナノ粒子による封入が、それらの成分を安定化させるための有望な手段となりうることも報告しています。醸造の副産物を廃棄物ではなく資源として活用するための一つの道筋を示した成果といえます。

著者:Ingrid da Costa Maia(Food and Nutrition Graduate Program (PPGAN), Nutrition School, Federal University of the State of Rio de Janeiro (UNIRIO), Rio de Janeiro 22290-250, RJ, Brazil)、Carolina Thomaz dos Santos D’Almeida(Food and Nutrition Graduate Program (PPGAN), Nutrition School, Federal University of the State of Rio de Janeiro (UNIRIO), Rio de Janeiro 22290-250, RJ, Brazil)、Pedro Henrique Santos(Engineering, Modeling and Applied Social Sciences Center, Federal University of ABC, Santo André 09280-560, SP, Brazil)、Ana Bari Koifman(Food and Nutrition Graduate Program (PPGAN), Nutrition School, Federal University of the State of Rio de Janeiro (UNIRIO), Rio de Janeiro 22290-250, RJ, Brazil)、J. Vladimir Oliveira(Department of Chemical Engineering and Food Engineering (EQA), Federal University of Santa Catarina (UFSC), Florianópolis 88040-900, SC, Brazil)、Tamara Agner(Department of Chemical Engineering and Food Engineering (EQA), Federal University of Santa Catarina (UFSC), Florianópolis 88040-900, SC, Brazil)、Pedro Henrique Hermes de Araújo(Department of Chemical Engineering and Food Engineering (EQA), Federal University of Santa Catarina (UFSC), Florianópolis 88040-900, SC, Brazil)、Claudia Sayer(Department of Chemical Engineering and Food Engineering (EQA), Federal University of Santa Catarina (UFSC), Florianópolis 88040-900, SC, Brazil)、Juliana Furtado Dias(Food and Nutrition Graduate Program (PPGAN), Nutrition School, Federal University of the State of Rio de Janeiro (UNIRIO), Rio de Janeiro 22290-250, RJ, Brazil)、Elisa d’Avila Costa Cavalcanti(Laboratory of Microbial Biotechnology, Department of Biochemistry, Institute of Chemistry, Federal University of Rio de Janeiro (UFRJ), Rio de Janeiro 21941-909, RJ, Brazil)、Mariana Simões Larraz Ferreira(Food and Nutrition Graduate Program (PPGAN), Nutrition School, Federal University of the State of Rio de Janeiro (UNIRIO), Rio de Janeiro 22290-250, RJ, Brazil)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ingrid da Costa Maia, Carolina Thomaz dos Santos D’Almeida, Pedro Henrique Santos, et al. Integrated Bioprocessing and Nanoencapsulation of Brewer’s Spent Grain Phenolic Compounds: A Sustainable Valorization Strategy. Plants 2026-09-01. DOI: 10.3390/plants15192988. 原著ライセンス:CC BY.