チベット高原原産のハダカムギの一種「青稞(せいらく、チベット語で高地大麦とも呼ばれる)」をご存じでしょうか。古くから主食として食べられてきたこの雑穀は、近年その栄養価の高さから注目を集め、飲料やお酒、調味料といった現代的な加工食品にも姿を変えて広がっています。健康志向の食品として人気が高まる一方で、実は青稞には独特で複雑な「香り」の特性があり、それが伝統食品にも現代的な製品にも共通して重要な役割を果たしていると考えられています。今回紹介する総説論文は、この青稞と、それを使った代表的な製品(ツァンパ、青稞酒、青稞茶など)の香りがどのように形成されるのかを、これまでの研究知見を整理してまとめたものです。

食品の「おいしさ」を決める要素の一つに「風味(フレーバー)」、特に香りがあります。香りは消費者がその食品を選ぶかどうか、そして市場での競争力を左右する重要な要素とされています。青稞は栄養価の高さに加え、独自で複雑な香りのプロファイル(特徴の組み合わせ)を持つことが、伝統的な食べ方にも現代的な商品開発にも活かされてきたとこの論文では位置づけられています。

研究でわかったこと

この総説では、青稞そのものが持つ香りの特徴と、ツァンパ(青稞の粉を使った伝統食)、青稞酒、青稞茶といった主要な加工品の香りの特徴が体系的に整理されています。そのうえで、こうした香りの多様性がどのように生まれるのか、その形成メカニズムについても掘り下げて検討されています。

具体的には、香りに影響を与える要因が大きく二つに分けて分析されています。一つは、品種や遺伝的な違い、栽培環境といった「原料由来の内的要因」です。もう一つは、加熱処理や発酵といった「加工工程に由来する外的要因」です。これらの要因が、香りのもととなる揮発性化合物(空気中に漂って鼻で感じ取られる香り成分)の種類や量にどう影響するかが論じられています。

その結果として、アルデヒド類、アルコール類、エステル類、そしてピラジンをはじめとする複素環化合物が、青稞とその製品の独特な香りを形作るうえで重要な役割を果たしていることが示されています。さらに、青稞と一般的な大麦(ハダカムギではない通常のオオムギ)、そのほかの穀物の香りプロファイルを比較することで、青稞ならではの複合的な香りの特徴が浮き彫りにされました。具体的には、米のような香り、小麦のような香り、甘い香り、ミルクのような香りが青稞に特徴的なノート(香調)として挙げられており、これらに加工の過程で生まれる焙煎香、ナッツ様の香り、フルーティな香り、発酵香が重なることで、より複雑な風味が形成されると報告されています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この論文は、これまでに蓄積された研究知見を整理・統合した「総説(レビュー)」であり、著者ら自身が新たな実験を行って新発見を報告するタイプの論文ではありません。そのため、ここで紹介した内容は、既存の研究をもとにした知見の整理という位置づけで理解する必要があります。また、香りの感じ方には個人差があり、この総説で挙げられている「米のような」「ミルクのような」といった表現は、あくまで香気成分の分析や既存研究の記述に基づくものである点にも留意してください。論文では、今後の課題として、青稞製品の風味をさらに改善していくこと、品質の標準化を進めること、そして好ましくない香り(オフフレーバー)を減らしていくことが今後の研究や製品開発の方向性として挙げられています。

まとめ

青稞は栄養面だけでなく、米や小麦、ミルクを思わせる独特な香りに、加工によって生まれる焙煎香やフルーティな香りなどが重なり合う、複合的な風味を持つ穀物であることが、この総説を通じて整理されました。品種や栽培環境といった原料側の要因と、加熱や発酵といった加工側の要因の両方が、香りの形成に関わっていると考えられています。今後、こうした知見が青稞を使った製品の品質向上や新たな商品開発に活かされていくことが期待されます。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:青稞(せいらく)の香気特性とその形成機構:原料から多様な製品への揮発性代謝物とその変化(フロンティアーズ・イン・ニュートリション・2026年08月)