この研究は、ペルー、フィンランドの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
テンペは、大豆をRhizopus属のカビで発酵させて作る伝統的な発酵食品です。近年、大豆以外の原料でテンペを作る試みが注目されており、その候補として南米アンデス地方由来の作物であるタルウィ(Lupinus mutabilis、品種名「Cholo Fuerte」)と赤キヌア(Chenopodium quinoa、品種名「Pasankalla」)が取り上げられています。どちらも高いタンパク質やミネラル、食物繊維などを含む一方で、サポニンやフィチン酸、タンニン、苦味のあるキノリジジンアルカロイドなどの抗栄養因子を含み、そのままでは食味や消化性に課題があるとされています。ペルーではタルウィの国内生産量が2018年の16,481トンから2022年には15,084トンへ、キヌアも2022年の114,200トンから2023年には72,800トンへと減少しており、こうした未利用・低利用作物の価値を高める手段として発酵が検討されています。
この研究では、タルウィと赤キヌアをそれぞれ蒸煮・下処理(タルウィは苦味成分を抜くための浸漬・煮沸を複数回実施)した後、Rhizopus oligosporus(テンペ菌)を接種し、30℃で9日間(0、24、48、72、96、168、192、216時間)にわたって固体発酵を行いました。研究チームは、(1)菌の増殖量をグルコサミン量から間接的に算出したバイオマス量として測定し、(2)アミラーゼ(デンプン分解酵素)とプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)の活性を測定し、(3)テクスチャー分析(硬さ、もろさ、付着性、凝集性、弾力性、ガム性、咀嚼性)を行い、(4)液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS/MS)による代謝物プロファイリングを行いました。
菌の増え方と酵素の働き方に違いが見られた
タルウィテンペではバイオマス量が発酵を通じて着実に増え続け、216時間で17.62±1.34 g/gに達しました。一方、赤キヌアテンペでは最初の24時間で急速に増えたあとしばらく横ばいとなり、216時間時点で12.33±0.81 g/gでした。増殖の様子を数式(Gompertzモデル)で当てはめたところ、タルウィ(決定係数R²=0.902)の方が赤キヌア(R²=0.772)よりもモデルへの当てはまりが良好でした。
酵素の産生パターンにも違いがありました。タルウィテンペではプロテアーゼ活性が発酵を通じて一貫して上昇し、0.16±0.02 U/gから216時間で0.90±0.01 U/gまで増加しました。一方、赤キヌアテンペではアミラーゼ活性が主体で、当初10.58±0.20 U/g前後で推移した後、168時間時点まで大きな変化はなく、216時間には4.40±0.07 U/gまで低下しました。論文では、赤キヌア(品種Pasankalla)はデンプン含有量が約46%と多い一方、タルウィはデンプンが6〜7%程度と少なくタンパク質含有量が高いという原料の組成の違いが、こうした酵素活性の違いに関係している可能性が指摘されています。また、酵素産生の様子を表す数式(Luedeking-Piretモデル)による解析では、酵素産生はおおむね菌の増殖に伴って進む「増殖関連型」の挙動を示すことが示されました。
食感は発酵48〜72時間で最も良好に
テクスチャー分析は、発酵0時間の時点では菌糸の成長が不十分で塊状の構造が形成されていなかったため測定されず、また192時間・216時間の試料は水分の滲出・脱水が生じていたため対象から除外されました。タルウィテンペでは、硬さが48時間(82.31±7.22 N)と72時間(77.52±4.16 N)で最も高く、もろさは48時間(44.08±3.05 N)でピークとなった後、96時間・168時間で大きく低下しました。赤キヌアテンペでは、48時間(98.67±0.17 N)、72時間(154.14±14.60 N)、168時間(92.45±16.31 N)で硬さが高く、ガム性は72時間(19.76±1.35 N)で最大となりました。全体として、両原料とも発酵48〜72時間の間で食感面の特性が良好となる傾向が観察されています。
代謝物の種類も原料によってはっきり分かれた
LC-MS/MS分析では合計448種類の代謝物が同定され、主成分分析(PCA)では原料の違い(タルウィか赤キヌアか)が最も大きな分離要因(説明率34.5%)となり、発酵時間の違いも別の軸(説明率9.8%)として分離されました。ヒートマップ解析からは、原料ごとに異なる代謝物パターンが浮かび上がりました。赤キヌアテンペでは、乳酸、γ-リノレン酸、キサンチン・アデノシン・グアノシン・アデニン・ウラシル・イソペンテニルアデニンといったヌクレオシド・核酸塩基関連の化合物、およびクエン酸リンゴ酸(citramalic acid)などの有機酸が特徴的で、糖代謝に由来する酸の生成や活発な発酵代謝が進んでいることが示唆されました。一方、タルウィテンペでは、ピログルタミン酸、3-ヒドロキシメチルグルタル酸、2-ヒドロキシ-4-メチルペンタン酸、D-リンゴ酸、コハク酸といった有機酸中間体に加え、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、プロリン、ロイシン酸などのアミノ酸関連化合物、およびコリンが多く見られ、タンパク質分解とアミノ酸代謝がより強く反映された代謝プロファイルであることが示されました。また、シャノン多様度指数を用いた解析では、赤キヌアテンペの方が代謝物の分布がより均等で複雑な一方、タルウィテンペは少数の代謝物が優勢な、より偏った代謝プロファイルを示す傾向が見られました。
この研究の位置づけと注意点
著者らは、グルコサミン量に基づくバイオマス測定法について、キヌアやタルウィに含まれる糖タンパク質や細胞壁の多糖類などの成分がグルコサミンの定量に影響し、値を過大評価している可能性があると述べています。特に発酵初期のバイオマス値が高めに出ている点はこの影響を受けている可能性があるとされ、著者らは今回の結果の解釈は絶対値よりも増殖の「傾向」を中心に行うべきだとしています。また、菌バイオマスの直接測定や補完的な指標を用いた検証が今後の課題として挙げられています。赤キヌアテンペのモデルへの当てはまりが相対的に低かった点(酵素産生モデルではR²=0.05〜0.74と幅があった)についても、発酵後半でばらつきが大きくなったことが影響しているとされています。これらの点を踏まえ、本研究は特定の食品の効能を証明したものではなく、原料の組成が菌の増殖・酵素活性・食感・代謝物プロファイルにどう影響するかを検討した基礎的な研究である点に留意が必要です。
この研究は、タルウィと赤キヌアという南米アンデス地方の未利用・低利用作物を使ったテンペ型発酵食品の可能性を探るものであり、原料の組成(タンパク質やデンプンの含有量など)によって、菌の増殖のしかたや酵素の働き方、できあがる食感、生成される代謝物の種類が大きく異なることが示されました。今後、こうした知見をもとにした食品開発や、栄養面でのさらなる検証が期待されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):Rhizopus oligosporusによるタルウィ(Lupinus mutabilis)と赤キヌア(Chenopodium quinoa)のテンペ型発酵動態:食感、代謝プロファイル、栄養ポテンシャルへの影響(フロンティアーズ・イン・ニュートリション・2026年08月)著者:Rafael Alarcón(Centro de Investigación e Innovación en Productos Derivados de Cultivos Andinos CIINCA, Universidad Nacional Agraria La Molina, Lima, Peru)、Bernardo O. Yépez Silva-Santisteban(Centro de Investigación e Innovación en Productos Derivados de Cultivos Andinos CIINCA, Universidad Nacional Agraria La Molina, Lima, Peru)、Elizabeth Villanueva-Quejia(Facultad de Industrias Alimentarias, Universidad Nacional Agraria La Molina, Lima, Peru)、Jasmin Raita(Food Sciences Unit, University of Turku, Turku, Finland)、Ville Koistinen(Food Sciences Unit, University of Turku, Turku, Finland)、Ville Koistinen(Institute of Public Health and Clinical Nutrition, University of Eastern Finland, Kuopio, Finland)、Kati Hanhineva(Food Sciences Unit, University of Turku, Turku, Finland)、Ritva Repo-Carrasco-Valencia(Centro de Investigación e Innovación en Productos Derivados de Cultivos Andinos CIINCA, Universidad Nacional Agraria La Molina, Lima, Peru)