コーヒーの香りや味わいは、栽培や焙煎だけでなく、収穫後にどのように豆を処理するかによっても大きく変わることが知られています。近年は微生物を使って生豆を発酵させ、独特の風味を引き出す加工方法にも注目が集まっています。今回紹介する研究では、微生物発酵とヌメリを取り除く『脱粘』処理を行ったコーヒー生豆に対し、さらに『超音波』または『超高圧』という物理的な処理を追加すると、豆の中身や焙煎後の香りにどのような変化が起こるのかが調べられました。
研究でわかったこと
この研究では、発酵・脱粘処理のみを行った生豆(GF)を基準として、そこに超音波処理を加えた豆(GUS)と超高圧処理を加えた豆(GUHP)を比較しています。その結果、GUSとGUHPのいずれも、基準となるGFに比べて、糖類全体、還元糖、ポリフェノール、フラボノイドといった成分の抽出量が有意に増加したと報告されています。
さらに、豆の中に含まれる代謝物を網羅的に調べる『メタボロミクス』という手法を用いた解析では、GUSで144種類、GUHPで656種類の代謝物が、処理をしていない豆と比べて変化していたとされています。両者に共通して変化が目立った経路としては、アミノ酸の代謝や、α-リノレン酸に関わる代謝が挙げられています。
生豆を焙煎すると、香ばしさに関わるピラジン類の化合物数は13%、香りの複雑さに関わるケトン類の化合物数は16%増加したことも示されています。そのうえで、超音波処理と超高圧処理では、焙煎後の香り成分の傾向が異なっていたとのことです。具体的には、超音波処理をした豆ではフラン類やフェノール類が相対的に多く検出され、超高圧処理をした豆ではアルデヒド類、ケトン類、酸類、特定のピラジン類の変化がより大きかったと報告されています。
実際にカップテイスティング(官能評価)を行ったところ、3つのグループの総合的な評価点は同程度だったものの、個々の風味の特徴の現れ方には違いが見られたとされています。また、香り成分と代謝物の関連を調べた相関解析では、シキミ酸・フェニルプロパノイドと呼ばれる代謝経路や、脂質代謝、アミノ酸由来の成分と、香り成分との間に関連があることが示唆されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、微生物発酵に超音波や超高圧といった物理的な処理を組み合わせることで、コーヒーの風味をより狙った形に調整できる可能性を示す基礎的な知見を提供するものだと位置づけられています。ただし、これは一つの研究で得られた結果であり、風味の違いが実際にどう好まれるか、あるいは他の品種や加工条件でも同様の傾向が見られるかどうかについては、さらなる検証が必要と考えられます。今回の要旨においても、健康効果や優劣について断定するような記載はなく、あくまで成分や香りの組成に違いが見られたという報告にとどまっている点に留意してください。
まとめ
今回紹介した研究では、発酵・脱粘処理をしたコーヒー生豆に超音波または超高圧という物理的な処理を追加すると、糖やポリフェノールなどの成分量が増え、焙煎後の香り成分のパターンにも違いが生まれることが示されました。総合的な評価点は大きく変わらないものの、香りの個性を作り分けられる可能性がある、という点が興味深いところです。今後、こうした物理的処理と発酵を組み合わせる技術が、コーヒーの風味をより精密にデザインする手段として発展していくのか、続報が注目されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:超音波および超高圧処理による脱粘発酵コーヒー豆の風味調整:メタボロミクスおよび揮発性成分プロファイル(ウルトラソニックス・ソノケミストリー・2026年08月掲載予定)