この研究は、チュニジア、フランスの研究機関の研究論文です。
掲載誌:European Journal of Sport Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的と背景
イスラム暦のラマダン月には、信仰を実践する人々が夜明けから日没までのあいだ、飲食と経口薬の摂取を断ちます。競技スポーツの世界には、この慣習が広く根づく地域出身の選手が数多くおり、断食に加えて睡眠と覚醒のリズムの変化や回復の機会の制約が重なることで、心身の状態に負担がかかる可能性が指摘されてきました。
ただし、ラマダンがけがのリスクをどう変えるのかを調べた疫学研究はまだ少なく、結果も一致していません。研究チームは、断食中のプロ選手において非接触のけがや練習中の使いすぎによるけがの発生率が、同じ選手たちのラマダン前およびラマダン後の時期と比べて高かったと報告した先行研究がある一方、けがの発生に差が見られなかったとする報告もあることを整理しています。とりわけ、若年層を対象に、けがの疫学、主観的な運動負荷、心身のコンディション、姿勢制御、栄養摂取をひとつの前向きな枠組みでまとめて測った研究はこれまでなかったと著者らは述べています。
そこで本研究は、チュニジア1部リーグに所属する中期・後期青年期のエリート男子サッカー選手を対象に、ラマダン期の断食がけがの発生率と負担の大きさを高めるかどうかを主要な目的として調べました。あわせて、運動負荷や心身の状態、姿勢制御、栄養素の摂取が時期によってどう変わるか、また年代(U17・U19・U21)で違いがあるかを副次的に検討しています。
何をどのように調べたか
調査は2024–2025シーズン終盤の連続13週間にわたり、ラマダン前(第1〜4週)、ラマダン中(第5〜8週)、ラマダン後(第9〜13週)の3つの期間に分けて行われました。トレーニング日程や食事の内容には手を加えず、選手が普段どおり過ごす環境のまま観察する設計がとられています。比較はすべて同じ選手たちの時期どうしで行われ、断食をしない対照群は設けられていません。参加したのは8クラブに所属する101名の選手で、U17が56名、U19が22名、U21が23名でした。
けがの記録は、練習や試合で生じた運動器の不調のうち、次の練習や試合を休むことになったものと定義され、露出時間1000時間あたりの発生率と、欠場日数に基づく「負担」の指標が算出されました。運動負荷は、練習後に選手自身が主観的なきつさを10段階で答え、それに時間をかけて求める方法(セッションRPE)で毎日記録されました。心身の状態は、睡眠の質・ストレス・疲労感・遅発性筋痛の4項目を合計するフーパー指数(4〜28点、点数が高いほど状態が悪い)で評価されています。さらに、片脚立ちで反対の脚を3方向へ伸ばして到達距離を測るYバランステストで姿勢制御を、3日間の食事記録で栄養摂取を調べました。なお、Yバランステストは時間がかかるため、101名全員ではなく33名の一部の選手に実施されたと著者らは説明しています。
主な報告結果
観察期間全体の露出時間は10419.3時間で、46名の選手に52件のけがが記録されました。けがの発生率は、ラマダン前が1000時間あたり3.76件だったのに対し、ラマダン中は6.83件へと81.6%上昇し、ラマダン後は4.40件へ部分的に下がりました。ただし、この比率の95%信頼区間は1をまたいでおり、著者らは統計的な有意性ではなく、推定値と露出量を踏まえた傾向として「臨床的に意味のある上昇」と述べています。欠場日数で見た負担はより大きく変動し、1000時間あたり55.16日(ラマダン前)から111.68日(ラマダン中)へとおよそ2倍になり、ラマダン後は70.44日でした。
注目されたのは、この上昇が運動負荷の低下ではなく上昇と同時に起きていた点です。週ごとの主観的運動負荷は101名全員がラマダン前より高い値を示し、平均で134.3任意単位の増加でした。フーパー指数もラマダン前の7.44点からラマダン中は9.43点へ悪化し、ラマダン後も9.20点と高いままで、4つの下位項目すべてが悪化していました。食事面では、総エネルギー摂取量がラマダン中に最も低く(1日あたり約2751キロカロリー)、たんぱく質の割合が26.30%から23.01%へ減り、その分、炭水化物の割合が49.36%から54.13%へ増えています。
けがの種類にも時期による違いがありました。全体では筋のけがが最も多く52件中28件(53.8%)を占め、ラマダン中に特に集中していました(23件中16件、69.6%)。骨のけがはラマダン中にのみ4件発生し、じん帯のけがはラマダン後に多く見られました。相手との接触によらない非接触のけがは全体の73.1%を占め、ラマダン中は23件中17件(73.9%)でした。部位別ではハムストリング、膝、足首、内転筋が全体の69.2%を占めています。年代別に見ると、U17でラマダン中の上昇が最も急で(1000時間あたり2.80件から7.33件)、U21はラマダン後のフーパー指数の回復が他の年代より良好でした。一方、8クラブのあいだで運動負荷やフーパー指数には差があったものの、けがの発生率や割合に有意な差はなく、特定のクラブが結果を押し上げたわけではないと報告されています。
この報告が示すこと
著者らは、ラマダン期にけがの発生率と負担が高まり、それが運動負荷の増加、心身のコンディションの全般的な悪化、たんぱく質摂取の減少と同時に起きていたと結論づけています。そして、このけがの増加は運動負荷の変化だけでは説明しきれないとして、ラマダンを競技現場における重要なリスク期間と位置づけました。
なお本研究は観察にもとづくもので、脱水やホルモンの客観的な指標、GPSによる走行距離などの外的負荷のデータは得られておらず、因果関係を断定するものではないと著者ら自身が限界として挙げています。それでも、断食期のけがを考えるうえで、練習量だけでなく、睡眠や食事を含めた選手の回復状況全体に目を向ける必要があることを、この研究は具体的な数値とともに示しています。
著者:Noureddine Rejab(Tunisian Research Laboratory ‘Sports Performance Optimization’ (LR09SEP01) National Center of Medicine and Science in Sports (CNMSS) Tunis Tunisia)、Fatma Chaari(Research Laboratory, Movement—Interactions, Performance, MIP Le Mans France)、Mohamed Ali Nabli(Tunisian Research Laboratory ‘Sports Performance Optimization’ (LR09SEP01) National Center of Medicine and Science in Sports (CNMSS) Tunis Tunisia)、Sonia Sahli(Tunisian Research Laboratory ‘Sports Performance Optimization’ (LR09SEP01) National Center of Medicine and Science in Sports (CNMSS) Tunis Tunisia)、Haithem Rebai(Tunisian Research Laboratory ‘Sports Performance Optimization’ (LR09SEP01) National Center of Medicine and Science in Sports (CNMSS) Tunis Tunisia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Noureddine Rejab, Fatma Chaari, Mohamed Ali Nabli, et al. Ramadan Intermittent Fasting and Injury Epidemiology in Mid and Late Adolescent Elite Male Football Players: A Prospective Cohort Study of Incidence, Burden, Training Load, and Psychophysiological Well‐Being. European Journal of Sport Science 2026-09-09. DOI: 10.1002/ejsc.70249. 原著ライセンス:CC BY.