この研究は、セルビアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:AFMN Biomedicine
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
立ちくらみや一過性の意識消失(失神)の背景には、自律神経系のはたらきの乱れ(自律神経機能障害)があることが少なくありません。自律神経系は、心拍や血圧のように意識して調節することのできない体のはたらきを担う神経のしくみで、その調節がうまくいかないと、立ち上がったときに血圧が下がる起立性低血圧などが起こります。
研究チームは、イブキジャコウソウ(Thymus serpyllum L.、和名ワイルドタイム)の精油に注目しました。論文では、この植物が基礎研究段階で抗酸化・抗炎症・心血管代謝に関わる性質を示してきたことが紹介されています。ただし著者らは、動物実験で示唆されてきた心血管系への作用がヒトでどうなのかは臨床研究による検証が必要だと述べています。そこで本研究の目的は、失神の既往がある患者に対して、この精油を含むカプセルを服用してもらい、自律神経機能の指標と一部の血液検査値が服用前後でどう変わるかを調べることとされました。
調べ方と報告された結果
研究は単一施設で行われた前向き研究で、参加者は失神の既往が確認された18歳以上の患者15名でした。心臓が原因の失神、てんかん、薬剤や脱水による起立性低血圧、パーキンソン病などの一次性自律神経障害がある人は除外されています。参加者の平均年齢は約43.8歳で多くが女性、また大半に起立性低血圧が認められました。
用いられたのは、高度に精製した精油50 mgを、凍結乾燥したアカシアはちみつ450 mgを担体としてカプセルに充填した製剤です。精油の成分をガスクロマトグラフィー質量分析で調べたところ、主成分はチモール(50.47%)とp-シメン(23.56%)で、リナロール、1,8-シネオール、カルバクロールなども含まれていたと報告されています。参加者はこれを3か月間服用しました。評価は、1拍ごとの心拍・血圧の変動解析、24時間ホルター心電図、24時間血圧測定、および血液検査で、服用開始前と3か月後の2時点で行われました。
主な結果として、5分間の1拍ごとの解析では、交感神経の活動を反映する指標とされるLFnu(低周波成分の相対的な割合)と、自律神経のバランスを表すとされるLF/HF比が服用後に有意に高くなり、一方で副交感神経(迷走神経)の活動を反映するとされるHF成分は低下していました。著者らはこれを、交感神経が優位な方向への変化と解釈しています。ただし、5分間の測定でも24時間の測定でも、心拍数や血圧そのものには統計的に有意な変化は認められませんでした。血液検査では、肝機能の指標のひとつであるAST(中央値25→22 U/L)と、炎症の程度を示すCRP(中央値1.6→1.0 mg/L)が有意に低下したと報告されています。その他の検査項目に有意な差はありませんでした。
この報告が意味すること
著者らはこの研究をパイロット(予備的)研究と位置づけ、限界をいくつも挙げています。参加者が15名と少ないこと、プラセボ(偽薬)と比較する対照群がないこと、観察期間が3か月と短いこと、単一施設での実施であることです。そのため、観察された変化が精油によるものかどうかや、その効果が続くのかは、この研究だけでは確かめられません。著者らは、より規模の大きいプラセボ対照試験が必要だと明記しています。
それでもこの報告は、動物実験で示唆されてきた性質を、失神という具体的な症状をもつ人たちで、自律神経の細かな指標と血液検査を組み合わせて測定するという形で臨床の場に持ち込んだ点に意義があります。交感神経のはたらきが落ちやすい起立性低血圧の患者にとって、交感神経側に傾く変化がどのような臨床的な意味をもつのか——その問いを検証可能な形で提示したことが、この小さな研究の出発点としての価値だといえるでしょう。
著者:Branislav Milovanović(Institut za kardiovaskularne bolesti Dedinje,Belgrade,Cardiology,Serbia)、Nina Markovic(Institut za kardiovaskularne bolesti Dedinje,Belgrade,Cardiology,Serbia)、Nada V. Petrović(Development and Production Center BIOSS)、Slobodan Petrović(Development and Production Center BIOSS)、Masa G. Petrovic(Institut za kardiovaskularne bolesti Dedinje,Belgrade,Center of Excellence,Serbia)、Aleksa Korugic(Klinički centar Srbije,Belgrade,Clinic for Otorhinolaryngology and Maxillofacial Surgery,Serbia)、Milovan Bojić(Institut za kardiovaskularne bolesti Dedinje,Belgrade,Serbia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Branislav Milovanović, Nina Markovic, Nada V. Petrović, et al. CLINICAL SIGNIFICANCE OF THYMUS SERPYLLUM L. ESSENTIAL OIL IN PATIENTS WITH SYNCOPE. AFMN Biomedicine 2026-09-16. DOI: 10.65641/afmnai-2026-114. 原著ライセンス:CC BY.