この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Animal Bioscience

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

寒冷期の放牧ヤクをめぐる課題

チベット高原の牧畜民にとって、ヤクの乳は食料と収入を支える重要な資源です。論文によれば、ヤクの乳は乳牛(ホルスタイン)の乳と比べてタンパク質や脂肪の含有量が高く、バターやチーズなどの伝統的な乳製品は、ビタミンや微量栄養素の供給源として日常の食生活に欠かせないものとされています。

一方で、この地域の寒冷期は10月から翌年5月ごろまで約8か月続き、平均気温が氷点下5度を下回る期間もあります。著者らは、この時期に自然草地の草量と栄養価が大きく低下し、放牧ヤクが深刻な栄養不足に陥ると説明しています。ヤクの出産は春に集中するため、寒冷期はちょうど泌乳の後半にあたり、乳を出すために必要な栄養と、草地から得られる栄養とが噛み合わない状態になります。

そこで研究チームが着目したのが、N-カルバミルグルタミン酸(以下NCG)という飼料添加物です。NCGは、体内でアルギニンというアミノ酸をつくる働きを後押しする物質として知られており、舎飼いの乳牛では乳量や乳成分を高めたとする報告があります。ただし著者らは、放牧されている反芻家畜、とくに高原のような過酷な環境下での研究はほとんどないと指摘しています。本研究の目的は、補助飼料にNCGを加えたときに、放牧ヤクの泌乳成績や乳の成分、血液中の指標がどう変わるかを調べることでした。

どのように調べたか

試験は2023年11月から2024年2月にかけて、チベット自治区ナクチュの標高4,500メートルを超える地域で行われました。試験期間中の日平均気温はおよそマイナス3.2度から3.4度でした。

対象は、泌乳後期にあたるニャンヤ種のヤク27頭です。産次や搾乳日数、体重の条件をそろえたうえで、9頭ずつ3つの群に分けられました。すべてのヤクは日中に自然の高山草地で放牧され、夜は個別の畜舎で体重の1%にあたる補助飼料を与えられました。補助飼料はトウモロコシ、大豆粕、エンバク乾草を基礎としたものです。群ごとの違いはNCGの量だけで、対照群は無添加、NCG1群は1頭あたり1日7.5グラム、NCG2群は同15グラムを加えました。7日間の馴致期間を置いたうえで、本試験は60日間続けられました。

調査項目としては、試験開始時と30日目、60日目に体重を測定し、毎朝の搾乳時に乳量を記録して乳のサンプルを採取しています。乳中の脂肪、タンパク質、乳糖などの成分は専用の乳分析装置で測定されました。また30日目と60日目には血液を採取し、血液の生化学的な指標と、血清中の遊離アミノ酸(タンパク質に組み込まれずに血中を流れているアミノ酸)の濃度を分析しています。

報告された主な結果

まず体重については、3つの群のいずれでも試験期間を通じて減少しており、群による有意な差は認められませんでした。著者らは、体重の1%という補助飼料でも体重の減少を防ぐには至らず、寒冷期の栄養ストレスがいかに厳しいかを裏づける結果だと述べています。

乳量については、対照群と比べてNCGを加えた両群で有意に高い1日あたり平均乳量が報告されました。試験が進むにつれてすべての群で乳量は増加し、開始時の1日343グラムから、60日目には対照群707.64グラム、NCG1群626.76グラム、NCG2群776.46グラムになったとされています。30日目から60日目の期間では、NCG2群がNCG1群を有意に上回りました。投与量との関係を調べる解析では、乳量はNCGの量に対して直線的に増える関係が示されています。

一方、乳脂肪率は異なる反応を示しました。30日目には群間に有意差はありませんでしたが、60日目には中間の用量であるNCG1群が対照群とNCG2群の両方より有意に高く、用量に対して山なりの(二次的な)関係が認められました。血清中の遊離アミノ酸でも同様の傾向がみられ、30日目にNCG1群ではアルギニン、アラニン、バリンなどが対照群より高く、分岐鎖アミノ酸(バリン、イソロイシン、ロイシン)はNCG2群より高い濃度でした。ただしこれらの差は60日目には消えており、著者らはアミノ酸の変化が一時的なものであったと記しています。血液の生化学的な指標については、NCGの添加による有意な影響は認められませんでした。

この研究が示すこと

著者らはこの結果を、NCGが用量によって異なる形で泌乳に関わることを示すものと位置づけています。乳の量を増やすという点では多い用量(15グラム)がまさりましたが、乳脂肪率を高めるという点では中程度の用量(7.5グラム)が最も効果的で、量を増やせばすべての面で良くなるという単純な関係ではありませんでした。著者らは、この用量ごとの違いが、乳腺での脂肪合成に関わる経路と、アミノ酸を介して泌乳を促す経路とが分かれている可能性を示唆すると述べつつ、こうした仕組みの説明はあくまで仮説であり、直接の実験的な裏づけが必要だと明言しています。

なお論文では、使用した乳分析装置の校正が本来は乳牛の乳を前提としたものであり、脂肪球の大きさなどが異なるヤクの乳では測定値の解釈に注意が必要であること、灰分が測定できなかったことなども、研究の限界として率直に記されています。

草の乏しい寒冷期に、家畜の体重減少を止められないほどの厳しい条件下でも、補助飼料の中身を工夫することで乳の量や成分に違いが生まれうる——本研究が高原の牧畜の現場に向けて報告しているのは、そうした一つの観察結果です。

著者:Yuhong Bao(Institute of Grassland Research of XZAAS, Lhasa, China)、Zhenyu Zhu(College of Animal Science and Veterinary Medicine, Qinghai University, Qinghai, China)、Jia Zhou(Chongqing Academy of Animal Sciences, Lhasa, China)、Ke Feng(Center of Lhasa Animal Disease Prevention and Control, Lhasa, China)、Ali Mujtaba Shah(State Key Laboratory of Swine and Poultry Breeding Industry, College of Animal Science, South China Agricultural University, Guangzhou, China)、Lizhuang Hao(College of Animal Science and Veterinary Medicine, Qinghai University, Qinghai, China)、Yangci Liao(Institute of Grassland Research of XZAAS, Lhasa, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yuhong Bao, Zhenyu Zhu, Jia Zhou, et al. Effects of Dietary N-Carbamylglutamate in Supplemental Feed on Lactation Performance of Grazing Yak Cows. Animal Bioscience 2026-09-01. DOI: 10.5713/ab.260356. 原著ライセンス:CC BY.