日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Frontiers in Marine Science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ「炭素の流れ」を測るのか

養殖業でも二酸化炭素(CO2)の排出をどう抑えるかが課題となり、生産にともなう炭素の収支を正確に把握することが求められています。これまで注目されてきたのはエネルギー使用や資材の投入でしたが、著者らは、生き物を通じた炭素の動き——光合成による炭素の固定、それが餌を介して運ばれること、そして生物の体内にとどまること——も合わせて考える必要があると述べています。

その中でも微細藻類(顕微鏡サイズの藻)は重要な位置を占めます。微細藻類はエビや二枚貝の餌として広く使われる一方、光合成によって水中の無機炭素を取り込む生物でもあるからです。取り込まれた炭素の一部は、食べられることでより上位の生物へと移っていきます。しかし著者らによれば、微細藻類が固定した炭素が養殖対象種へどれだけ移るのかを定量的に調べた研究はこれまでほとんどありませんでした。商業的な養殖では微細藻類が混合飼料に含まれていたり、換水や複雑な食物網があったりするため、生き物が実際にどれだけ藻を食べたのかを正確に知ることが難しいためです。

実験で調べたこと

著者らが対象としたのは、世界で最も生産量の多い養殖エビであるバナメイエビ(Litopenaeus vannamei)です。とくに「ゾエア期」と呼ばれる幼生の段階に注目しました。この時期は微細藻類だけを餌にして育てられるため、炭素の出入りを追いやすいという利点があります。

餌には、養殖飼料として世界的に使われている珪藻の一種Chaetoceros gracilisを単独で用い、実験室規模の飼育システムを組み立てました。このシステムでは換水を行わない「バッチ式」を採用しています。水を入れ替えないため飼育水から藻が失われず、また餌が1種類だけなので複雑な食物関係を考える必要もなく、藻に由来する炭素が幼生へどれだけ移ったかを正確に測れる、というのが著者らの説明です。

飼育は1タンクあたり30Lの海水に幼生3,000個体を入れ、幼生の入ったタンク10個と、比較のための幼生を入れない藻だけのタンク1個を用いて行われました。藻の濃度は1日2回数え、幼生のいないタンクでの藻の増え方と比べることで、幼生が食べた藻の量を見積もっています。藻の細胞1個あたりの炭素量と、飼育開始時・終了時の幼生の炭素量は元素分析で測定されました。飼育は5日間で、大半の幼生が次の「ミシス期」へ変態した時点で終了しています。また、水温・溶存酸素・pH・塩分といった環境条件も毎日測定され、国連食糧農業機関(FAO)が幼生飼育に推奨する範囲またはその近くに収まっていたと報告されています。

報告された結果

著者らは餌の濃度を変えた2つの実験を行いました。実験Iでは藻を100,000細胞/mL(FAOが挙げる範囲内の中程度の濃度)、実験IIでは300,000細胞/mL(推奨より高い濃度)で与えています。

炭素の移行効率——幼生が食べた藻の炭素のうち、幼生の体に残った割合——は、2つの条件で異なりました。実験Iでは33.0%だったのに対し、実験IIでは12.9%で、実験Iのほうが2.6倍高い値でした。生き残った幼生の数も実験I(平均2018.2個体、生存率67.2%)のほうが実験II(平均1073.2個体、同35.8%)より多くなっています。実験Iの生存率は、Chaetoceros属だけで幼生を育てた先行研究の報告(66%)とよく一致しており、飼育条件が適切だったことを示すと著者らは述べています。一方で、5日目までにミシス期への変態率はどちらの実験でも99%を超えており、変態そのものは餌の濃度の違いに影響されにくかったとしています。

著者らはさらに、この実験室での測定値を世界の生産統計に当てはめ、ゾエア期のバナメイエビが世界全体で保持している炭素量を概算しました。2024年の世界の養殖バナメイエビ生産量770万トンなどから年間およそ6,930億個体のゾエア期幼生が育てられていると見積もり、そこから年間9.2トン炭素(tC)という数値を算出しています。ただし著者らは、これは仮定した生存率が生産システムや飼育条件によって変わりうるため、あくまで予備的な一次推定値だと明記しています。

著者らは研究の限界もいくつか挙げています。飼育中の呼吸や排出は測定していないため、系全体の生物的な炭素の流れを完全に把握したわけではないこと、2つの実験は同時期に行われておらず幼生や藻の初期状態などが異なっていた可能性があること、藻の炭素量が1回の測定に基づくこと、そして試した餌の濃度が2条件だけであるため100,000細胞/mLが最適だと結論づけるのは難しいことなどです。

この研究が示すこと

この研究は、微細藻類からエビ幼生へ実際にどれだけの炭素が移るのかを、両者に含まれる炭素の絶対量から算出した点に特徴があります。これまでの研究は特定の栄養成分の移行や成長への影響を扱うことが多く、炭素そのものの移行効率を直接示すものではありませんでした。

また著者らは、推奨より高い濃度で餌を与えた場合に移行効率が20.1ポイント低くなったことから、炭素の移行効率が餌の与え方を判断する新たな指標になりうると述べています。9.2tCという世界規模の推定値自体は控えめに見えますが、これは幼生期という一段階だけを反映した数字であり、この数値だけでこの種の炭素保持の可能性を評価するのは適切ではない、というのが著者らの見解です。養殖業の炭素排出量を正確に理解するには、生物を通じた炭素の流れと、生産にともなう排出の双方を合わせて評価する必要がある——この研究は、そのうち前者を数量として押さえるための足がかりを示しています。

著者:Hiroaki Takebe(Space Environment and Energy Laboratories, NTT, Inc)、Tetsuya Ogino(Regional Fish Institute, Ltd)、S. Imamura(Space Environment and Energy Laboratories, NTT, Inc)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hiroaki Takebe, Tetsuya Ogino, S. Imamura. Evaluation of carbon transfer efficiency from microalgae to Litopenaeus vannamei larvae using a laboratory scale rearing system. Frontiers in Marine Science 2026-09-10. DOI: 10.3389/fmars.2026.1946397. 原著ライセンス:CC BY.