この研究は、イタリアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Sustainable Food Systems
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
農村地域では人口流出や高齢化、商店や公共サービスの縮小といった課題が各地で進んでいます。こうした状況に対し、地域の内側から発展の力を引き出す取り組みの一つとして注目されてきたのが「バイオ地区(bio-district、オーガニック地区とも呼ばれます)」です。これは、有機農業を軸に、生産者・自治体・市民団体・研究機関などが一定の地域をまとまりとして連携し、農業と観光・教育・福祉・公共調達などを結びつけようとする地域ガバナンスの仕組みだと論文は説明しています。
著者らは、バイオ地区が実際にどのような過程を通じて農村の「活力(rural vitality)」に寄与するのか、そしてその寄与を妨げる要因は何かを問いました。ここでいう活力とは、人口や施設の数といった単一の指標ではなく、地域の人や組織の関係の中で生み出され、維持されていく過程として捉えられています。著者らによれば、こうした関係的な仕組みそのものを実地で検討した研究はこれまで限られていました。
どのように調べたか
研究チームは、有機農業を核とした地域調整の枠組みという共通点を持ちながら、制度の成熟度や地理的条件が大きく異なる二つのバイオ地区を比較しました。イタリア南部サレルノ県のチレント・バイオ地区(Bio-distretto del Cilento)は2009年に設立されたイタリアで最も初期の事例の一つで、国立公園の区域内に位置しています。論文によれば、この地区が及ぶ領域は約3,196平方キロメートル、95の自治体からなるネットワークで、人口はおよそ25万〜27万人とされ、そのうち41自治体が運営団体の正式会員です。スウェーデン中部のエコ地区セルムランド(Ekodistrikt Sörmland)は、EU助成事業の枠組みで2023年に始まり2025年に非営利団体として設立された新しい取り組みで、セーデルマンランド県全域とストックホルム県南部の12自治体、合わせて21自治体を対象範囲としています。この区域の人口は約201万人と報告されています。
調査は2023年7月から2024年10月にかけて行われ、農家、加工業者、バイオ地区の調整担当者、自治体職員、協同組合関係者、研究者、市民団体の関係者など30名への半構造化インタビューを中心に、現地での参与観察と行政計画・事業報告書などの文書分析を組み合わせています。得られた語りは、データから主題を立ち上げていく「テーマ分析」という質的な手法で整理されました。著者らは、この比較は統計的な一般化を目指すものではなく、文脈ごとの構成の違いを明らかにするためのものだと述べています。
報告された主な結果
分析からは四つの主題が導かれました。第一は、分野や立場を越えた協働です。イタリア側では、村の広場や協同組合の施設で開かれる季節の祭りや市が協働の場となっており、チレント白イチジクを主役にした9月の祭りでは、若い世代が調理や運営を、年配の住民が全体の調整や語りの部分を担うといった世代間の分担が語られました。スウェーデン側では、同種の一般向け行事の報告は少なく、代わりに稼働中の農場への教育的訪問や、EU助成の都市・農村連携事業を通じた交流が同様の機能を果たしていたと報告されています。また、日常の生産面でも、自分の農場にないものを近隣から融通し合う関係や、約8戸の農家が冷蔵車を共同で借りてストックホルムへ配送する取り組み、SNS上で翌週の商品を告知し予約・前払いを受けて指定場所で受け渡す直売ネットワークなどが挙げられました。
第二は、その土地に根ざした食と文化の実践です。在来品種の復活や地域固有の知識の継承に加え、地域に暮らす多様な出身の人々の食文化と地元の伝統をつなぐ試みが、参加の持続と地域のアイデンティティを支えていると報告されています。イタリアの事例では、すでに事実上有機的な方法で営まれていた農地を継承した人が、認証取得を「書類上の移行」と表現した例も紹介されています。
第三は、経済の多角化です。農場内での加工、直売、アグリツーリズム、公共調達といった活動が組み合わさることで、競争力と地域の魅力が同時に生み出されると述べられています。スウェーデンのセーデルテリエ自治体では、保育所・学校・高齢者施設向けの公共給食が1日あたりおよそ1万5000〜2万食提供され、そのうち約7割が有機だと回答者は述べています(論文はこれらを回答者自身の推計値だと明記しています)。EUの調達ルールでは「地元産」を入札条件にできないため、特定の生産者しか供給できない乳製品の規格を指定するといった工夫が語られた一方、その乳業は後に経営破綻したことも報告されています。
第四は、制約です。制度の分断、行政手続きの負担、小規模経営に不利に働くと受け止められている規制、食品小売市場の集中、有機認証に見合う収益の不確かさ、加工・貯蔵施設や物流の不足、そして農業者の高齢化と後継者の不確かさが、これらの取り組みの広がりと継続を限定していると著者らは整理しています。
この研究が示すこと
二つの事例が示したのは、似たようなガバナンスの機能が、異なる制度的な手立てを通じて実現されうるということでした。チレントでは地域に埋め込まれた顔の見える関係と文化的な結びつきを通じて、セルムランドでは自治体の福祉インフラや公的な事業ネットワークを通じて、協働が組み立てられていました。著者らによれば、違いは協働の量や幅ではなく、それが組織される制度の型にありました。
著者らはこの研究の意義を、農村の活力が実際にどのような関係と組織の働きによって生み出されるのかを記録した点、そしてバイオ地区が、すでに関与している人々だけに利益をもたらす仕組みではなく、地域開発の包摂的な仕組みとして機能するための条件を示した点に置いています。
著者:Giacomo Packer(Department of Agricultural and Food Sciences—DISTAL, University of Bologna)、Cesare Zanasi(Department of Agricultural and Food Sciences—DISTAL, University of Bologna)、Cosimo Rota(Department of Psychology and Health Science, Università Pegaso)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Giacomo Packer, Cesare Zanasi, Cosimo Rota. Bio-districts and rural vitality: governance, place-based practices, and structural constraints in Italy and Sweden. Frontiers in Sustainable Food Systems 2026-09-01. DOI: 10.3389/fsufs.2026.1872987. 原著ライセンス:CC BY.