貿易の世界には昔からよく知られた現象がある。同じ企業が同じ商品を輸出していても、輸送先が遠い国になるほど、輸送費や保険料を差し引いた本体価格(FOB価格)自体が高くなる傾向があるというものだ。運賃が上乗せされるからではなく、価格そのものが遠方向けに引き上げられているという点がポイントで、これまでは品質の作り分けや、遠い市場ほど価格の比較がされにくいことによる値付けの余地(マークアップ)の拡大として説明されてきた。今回紹介する研究は、この「遠いほど高い」という価格パターンの強さが、輸出先の消費者がその商品をどう受け止め、何と比べるかによって変わるのではないかという問いを、イタリア産チーズの輸出データを使って検証したものである。
イタリア産チーズの輸出データで何を調べたか
研究チームはイタリア国家統計局(ISTAT)が集計した2013年から2019年までの企業別輸出データを用い、原産地呼称保護(PDO)に関連する8桁の品目コード(CN8)のチーズに焦点を当てた。対象にはモッツァレラ、ゴルゴンゾーラ、グラナ・パダーノ、パルミジャーノ・レッジャーノ、フィオーレ・サルド、ペコリーノ・ロマーノ、プロヴォローネ、アジアーゴ、カチョカヴァッロ、モンタジオ、ラグザーノ、フォンタル、フォンティーナ、イタリコ、タレッジョといった品目が含まれ、分析対象となった輸出企業は258社にのぼる。なお税関データには出荷ごとのPDO認証の有無までは記録されていないため、これはPDO認証済み出荷そのものの分析ではなく、PDOに関連する品目カテゴリー単位での分析として位置づけられている。OECD加盟国向けの輸出を主なサンプルとし、同一企業・同一品目・同一年の組み合わせの中で、輸出先ごとにFOB単価(1キログラムあたりのユーロ建て価格)がどう異なるかを比較する統計モデル(企業・品目・年の固定効果を用いた回帰分析)が用いられた。
この研究のもう一つの工夫は、「消費者の嗜好の近さ」を測るために「食文化の近さ」という指標を作った点にある。具体的には、TasteAtlasなどの資料をもとに各国で広く親しまれている代表的な料理を最大3品選び(一時的な流行や移民・植民地由来の食文化ではなく、定着した伝統料理を対象とする)、塩やトマト、ニンニクなど非常にありふれた食材を除いた上で、食材の組み合わせのパターンをイタリア料理と数値的に比較する手法(潜在意味解析を応用した手法)でスコア化した。対象となったのはOECD加盟国を含む33か国で、例えばギリシャはイタリアとの食文化の近さが比較的高く、日本や韓国は低い部類に入ると本文中で説明されている。一方でスペインは興味深い例で、パエリアやトルティージャ、ガスパチョといった代表料理は、イタリアのラザニアやカルボナーラ、ピッツァと共通する食材が少なく、実際のチーズ輸入量の多さとは裏腹に食文化の近さスコアは低めに出ることが指摘されている。つまりこの指標は貿易の活発さや需要の大きさを表すものではなく、あくまで食材構成の類似性を表す代理指標として扱われている。
研究でわかったこと
分析の結果、まずこれまでの貿易研究と同様に、地理的な距離が長いほどFOB単価が高いという関係が確認された。ここまでは既知のパターンの再確認だが、この研究の核心は、距離と食文化の近さを掛け合わせた項(交互作用項)にある。この交互作用項はマイナスかつ統計的に有意という結果が得られた。つまり、食文化がイタリアに近い輸出先ほど、「遠いほど高い」という価格プレミアムの効き目が弱まっているということだ。
具体的な数値も示されている。OECD加盟国向けサンプルでは、距離がFOB単価に与える影響(限界効果)は、食文化の近さが下位10パーセンタイルの国では0.017であるのに対し、中央値の国では0.014、上位90パーセンタイルの国(イタリアに食文化が近い国)では0.010まで下がる。全輸出先を含めたサンプルでも同様の傾向があり、0.021から0.015へと低下する。いずれの水準でも距離の効果自体はプラスのまま統計的に有意であり、食文化の近さが距離プレミアムを完全に打ち消すわけではないが、その大きさを弱めていることが読み取れる。研究チームはこの結果を、食文化が近い市場ではイタリアのチーズが現地や他の欧州産チーズと比較されやすくなり、消費者にとって「代わりが利く商品」として受け止められやすくなることで、輸出企業が距離を理由に価格を大きく上乗せしにくくなるという「比較対象の枠組み(比較セット)」の仕組みと整合的だと解釈している。
頑健性の検証もいくつか行われている。年ごとに分析しても交互作用は毎年マイナスで、特定の1年に結果が引きずられているわけではないとされる。ただし、最も遠い輸出先を除外すると交互作用の値は小さくなり統計的有意性も失われており、著者らはこの結果が距離の遠い国々のデータに一定程度依存していることを認めている。またPDOに関連しない品目も含めた拡張サンプルでの追加確認では、この距離減衰効果はPDO関連品目でより明確に見られ、非PDO関連品目では効果が小さく統計的有意性も確認されなかったが、両グループの違い自体を精密に推定できたわけではなく、あくまで参考的な確認にとどまると述べられている。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
本文中には日本についての具体的な言及があり、食文化の近さの指標において日本や韓国はイタリアとの類似度が低い部類に位置づけられている。ただしこれは食材構成の類似性を測った結果であり、日本におけるイタリア産チーズの需要や評価そのものを直接測定したものではない点には注意が必要だ。
著者ら自身が指摘する限界もいくつかある。まず、税関データには出荷単位でのPDO認証の有無が記録されていないため、分析はPDO認証品そのものではなく、PDOに関連する品目カテゴリー単位の分析にとどまる。また、PDO表示の法的保護の程度はEU域内では統一されているものの、EU域外の輸出先では二国間協定や現地の法制度によって差があり、この点がどの程度結果に影響しているかは今回のデータでは切り分けられていない。加えて、食文化の近さの指標はあくまで代理指標であり、チーズそのものへの需要や支払い意欲を直接表すものではないことも明記されている。距離が最も遠い国々を除くと結果の精度が下がる点も踏まえると、これは一つの実証研究による知見であり、食文化の近さと輸出価格の関係について結論が確定したというよりも、今後の検証に開かれた一つの手がかりとして受け止めるのが妥当だろう。
まとめ
この研究は、イタリア産チーズの輸出データを通じて、「遠い市場ほど輸出価格が高くなる」という貿易の定説が、輸出先の食文化がイタリアにどれだけ近いかによって強まったり弱まったりする可能性を示した。価格そのものを決めるのは距離や輸送費だけでなく、消費者がその商品を何と比較して受け止めるかという食文化的な文脈も関わっているかもしれない、という視点を提供する研究といえる。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Ken-Oliver Haase, Valentina Raimondi, Alessandro Olper, et al. Consumer preference proximity and distance-related export pricing: evidence from Italian cheese exports. 世界経済レビュー (2026). DOI: 10.1007/s10290-026-00673-0. 原著ライセンス: cc-by.