お米と聞くと日本ではコシヒカリのような品種名を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、世界にはその土地の気候や食文化に合わせて何世代にもわたり栽培され続けてきた「在来品種」の米が数多く存在します。ヒマラヤ山脈のふもとに広がるネパールもその一つで、標高差の大きい地形の中で寒さに強い高地の在来米や乾燥に強い陸稲、香り米、もち性の米、バスマティ系の米など、実に多様な稲が育てられてきました。今回紹介する研究は、こうしたネパールの在来米について、過去60年分の調査記録を整理し直し、どれだけの多様性が今も残っているのか、そして食料や栄養の安定確保にどう役立てられるのかを検討したレビュー論文です。
何を調べ、どんなことがわかったのか
研究チームは、ネパールで実施された1970年代・1990年代・2015年の3回にわたる全国規模の在来稲品種調査の結果を比較する形で分析を進めました。その結果として示されたのは、在来品種の減少(遺伝的浸食)が非常に速いペースで進んでいるという事実です。2015年の調査で確認できた在来品種は、1990年代に記録されていたもののうちわずか10%、1970年代に記録されていたもののうちではさらに少ない6%にとどまっていたと報告されています。
品種のタイプ別に見ると、すべてが同じように減っているわけではないことも分かりました。現存する在来品種の93%以上が「絶滅危惧」または「絶滅寸前」に分類される一方、香りの強いバスマティ系の品種では消失の割合が73%、その他の特産的な品種でも81%と、他の在来品種に比べればやや残存率が高い傾向が示されています。また、遺伝子レベルの解析(分子研究)からは、稲の多様性が標高、農業のやり方、地域ごとの食文化といった要因と関係していることも確認されました。さらに、粒が大きめであまり精緻でない(粗粒の)乾燥地向けの陸稲の中にも、香りを持つ品種がいくつか見つかったとされています。
ネパランの特産米は、ヒマラヤの河川や雪解け水で灌漑され、化学肥料や農薬に頼らない管理のもとで栽培されている生態的に貴重な環境で育てられていることも、この論文では強調されています。こうした背景から、国内市場だけでなく輸出向けの商品としても大きな可能性を持つと著者らは指摘しています。ただし、それを実現する上でいくつかの壁があることも合わせて報告されています。具体的には、栄養成分に関する詳細なデータが十分に整っていないこと、品種の産地を保証する「地理的表示」の仕組みが整備されていないこと、種子を安定的に供給する仕組みが分断されていること、そして生産から販売までの流通の仕組み(バリューチェーン)が弱いことが、商業化を妨げる要因として挙げられています。
この研究をどう読むか
この論文は、ネパール国内の複数の研究機関や国際稲研究所(IRRI)に所属する研究者らによってまとめられたレビュー論文であり、新たな実験を行ったものではなく、既存の調査データを整理・比較して全体像を示す性格の研究です。そのため、示された数値は各時代の調査方法や範囲の違いにも影響を受けている可能性があり、単純に「品種がここまで減った」と断定的に受け止めるのではなく、長期的な傾向を示す一つの手がかりとして捉えるのが妥当です。また、栄養価そのものについては「十分なデータがまだない」という課題が指摘されている段階であり、この論文自体が特定の栄養効果を証明したものではありません。日本の食品や生産に関する言及は、提供された情報の範囲では見当たりませんでした。
まとめ
ヒマラヤ山麓で育まれてきたネパールの在来米は、寒さや乾燥に耐える力や独特の香り、もち性といった多様な特徴を持ちながら、その多くが急速に失われつつあることが、今回のレビューによって改めて示されました。一方で、清らかな水と自然に近い栽培環境という強みを生かせば、食料・栄養の安定確保や新たな商品価値の創出につながる余地があるとも指摘されています。今後、遺伝子レベルでの詳しい分析や栄養成分の科学的な裏付け、種子供給や流通の仕組みづくりが進むかどうかが、この貴重な遺伝資源を将来に残せるかの鍵になりそうです。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:K.D. Joshi, Ram B. Khadka, Ayush Joshi, et al. Harnessing and utilizing Himalayan Nepalese speciality rice for food and nutritional security. プラント・ジェネティック・リソーシズ (2026). DOI: 10.1017/s1479262126100719. 原著ライセンス: cc-by.