この研究は、バングラデシュの研究機関の研究論文です。

掲載誌:PLOS Global Public Health

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ中等学校の生徒を対象に調べたのか

安全でない食品を口にすることで起こる健康被害は、世界的な公衆衛生上の課題とされています。論文の導入部で著者らは、汚染された食品による健康被害が世界で年間およそ6億人に及ぶという推計や、バングラデシュ国内でも年間3000万人が食品由来の疾患の影響を受けると報告されていることを紹介し、この国では急速な都市化や人口増加、簡便な食品や露天の食べ物への需要の高まりが、食品の安全な取り扱いを難しくしていると述べています。

こうした状況の中で、著者らが研究の手薄なまま残されていると指摘するのが中等教育段階の生徒たちです。思春期は家庭の外で自分の判断で食べ物を選ぶようになる時期であり、家庭内で食事の下ごしらえに関わり始める時期でもあります。それにもかかわらず、食品の安全に関する情報に触れる機会は限られている、というのが著者らの問題意識です。研究チームはさらに、学校給食の高エネルギービスケットを食べた児童の体調不良、パブナ県の高校で40人を超える生徒が校内で意識を失った事例、ノアカリ県の教育機関で提供された食事の後に生徒が死亡した事例など、国内で報告された学校関連の食品事故にも触れ、学校という場そのものが食品安全上のリスクを抱えうることを示す根拠として挙げています。

そこで本研究は、バングラデシュの中等学校生徒の食品安全に関する知識・態度・実践(頭文字をとってKAPと呼ばれます)の水準を把握し、それが社会人口学的な背景によってどう異なるのか、また地理的にどう分布しているのかを明らかにすることを目的として実施されました。

どのように調べたか

研究チームは、ある一時点の状況を横断的に把握する調査設計を採りました。バングラデシュの8つの行政管区からそれぞれ1県ずつ、計8県を選び、各県で都市部3校・農村部3校の計6校、全体で48校の中等学校を対象としています。各校で9年生・10年生の在籍者名簿から生徒を無作為に選び、性別や学習コースの偏りが出ないよう配慮したうえで、1校あたり50人、目標2400人という設計です。実際には2024年1月10日から5月25日にかけて、2226人分の有効回答が得られ、回収率は94.4%でした。

調査票は、既存の検証済み質問紙をもとにバングラデシュの食習慣に合わせて作り直したもので、世界保健機関(WHO)の「食品をより安全にするための5つの鍵」(清潔に保つ、生の食品と加熱済みの食品を分ける、十分に加熱する、安全な温度で保存する、安全な水と原材料を使う)の考え方が項目づくりの指針とされました。基本属性のほか、知識・態度・実践をそれぞれ10問ずつ尋ねる構成です。ベンガル語版は英語への逆翻訳で意味のずれを確認し、50人の生徒による予備調査を経て文言を調整しています。知識は正答を1点として0〜10点、態度と実践は5段階の回答を合計して10〜50点で採点されました。

本研究の特徴は、この調査に地理情報システム(GIS)による地図化を組み合わせた点にあります。著者らは、KAP調査は「誰が」弱い立場にあるかは示せても、その弱さが特定の地域に集中しているかどうかまでは示せないと述べ、GISを補完的な手法として位置づけています。GISは統計的な空間モデルを組み立てるためではなく、地域ごとの違いを視覚的に比較するために用いたと明記されています。統計解析では、得点の分布が正規分布に従わなかったため、群間の比較にはマン・ホイットニーのU検定やクラスカル・ウォリスのH検定といったノンパラメトリック手法が用いられました。

なお著者らは、知識が態度を変え、態度が行動を変えるという直線的な図式は食品安全の分野では部分的にしか支持されていないとして、KAPをあくまで実態を記述し、対策が必要な集団を見つけ出すための枠組みとして使ったことを明記しています。

報告された主な結果

回答者の平均年齢は15.26歳で、約7割が農村部に居住していました。食品安全の知識をどこから得たかという問いでは、教科書などの学校の本を挙げた生徒が35.5%と最も多く、家族や友人が21.7%、インターネットが17.4%と続いています。

知識の平均点は10点満点で5.04点、正答率にすると50.4%でした。項目別に見ると、食事前の石けんでの手洗いが食中毒のリスクを下げることを知っていた生徒は68.7%、体調が悪いときに調理をすべきでないと答えた生徒は67.2%、果物や野菜を流水でよく洗うことの意味を理解していた生徒は66.9%と、個人の衛生に関わる知識は比較的よく身についていました。一方で、残り物の扱いに関する項目の正答率は42.2〜48.8%にとどまり、期限切れの食品に関する項目(K7)は19.7%と最も低い結果でした。著者らは、個人衛生の知識は良好である一方、食品の保存、残り物の管理、期限切れ食品に関する理解には不足があると総括しています。

態度の平均点は50点満点で24.56点で、著者らはこれを「かろうじて肯定的」な水準と表現しています。項目別の回答の分かれ方を見ると、生徒の食品衛生研修は食品汚染のリスク低減に重要だという項目(A7)には54.8%が「強く同意しない」を選び、においや見た目、味のおかしい食品は食べるのに適さないという項目(A9)にも49.6%が同じ選択肢を選んでいます。調理前の手洗いは必要ないという趣旨の項目(A10)についても、54.2%が「強く同意しない」と回答しました。他方で、添加物を含む食品は安全だと考える項目では36.1%が「強く安全でない」側を、見た目が良く臭いもなければ期限切れの食品でも食べられるという項目では37.5%が「強く同意する」を選んでおり、著者らは誤解を含む理解が見られた項目として挙げています。

自己申告による実践の平均点は50点満点で19.92点、実践率にすると39.8%で、推奨される行動の実行度は全体として低いと報告されています。著者らは、生の食品と加熱済みの食品を冷蔵庫の同じ場所に入れている生徒が44.0%、残り物を冷蔵庫や涼しい場所に保管していない生徒が46.6%にのぼると記しています。購入前に賞味期限を確認する、期限切れの食品を捨てるといった行動を一貫して実行していると答えた生徒は3.6〜4.2%にとどまります。手洗いや食品の洗浄についても、外出後や食事前に手を洗うことがほとんどないと答えた生徒が62.8〜67.3%、果物を十分に洗い流すことがほとんどないと答えた生徒が67.2%を占めました。

背景要因との関連では、知識の得点は12〜14歳の生徒、9年生、理科系コースの生徒、保護者の学歴が高い生徒、世帯収入の高い家庭の生徒で高い傾向が見られました。態度の得点は男子、9年生、理科系コース、公立学校に通う生徒などで高く、実践の得点は男子、公立学校の生徒、保護者が学校教育を受けていない生徒、父親が農業・漁業・リキシャ引き・日雇いなどに従事する生徒、週に1回調理に関わる生徒のほか、過去に食中毒を経験した生徒で高いと報告されています。GISによる地図化は、こうしたKAPの水準が8つの管区の間でどう異なるかを視覚的に比較し、対策を優先すべき地域を検討するために用いられました。

この研究が示すこと

この調査から浮かび上がるのは、「知っていること」と「していること」の間にある隔たりです。手洗いの大切さを知っていると答えた生徒は7割近くに達する一方で、食事の前に実際に手を洗っていることがほとんどないと答えた生徒が大半を占めました。知識を増やすだけでは行動が変わるとは限らないという、著者ら自身が導入部で慎重に述べていた論点が、同じ集団の中で数字として現れた形になります。

もう一つは、対策を考えるうえでの手がかりの示し方です。KAPの分析が「どの集団の、どの行動に課題があるか」を描き出し、GISによる地図化が「それがどの地域に偏っているか」を重ねる。著者らはこの二つを組み合わせることで、地域や状況に合わせた食品安全教育を組み立てるための土台になると位置づけています。これまで研究の対象から抜け落ちがちだった中等学校の生徒について、全国規模で基礎となる数値が示されたこと自体が、この研究の届けたものだと言えます。

著者:Md. Nazrul Islam(Patuakhali Science and Technology University)、Sumaia Tasnim(Patuakhali Science and Technology University)、Sultan Mahmud Imran(Patuakhali Science and Technology University)、Nitai Roy(Patuakhali Science and Technology University)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Md. Nazrul Islam, Sumaia Tasnim, Sultan Mahmud Imran, et al. Assessment of food safety knowledge, attitudes, and self-reported practices among secondary school students in Bangladesh: A geographic information system-based cross-sectional study. PLOS Global Public Health 2026-09-10. DOI: 10.1371/journal.pgph.0007173. 原著ライセンス:CC BY.