この研究は、オランダ、スウェーデンの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Journal of Membrane Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ「タンパク質でできた乳濁液」が問題になるのか
植物油や藻類、タンパク質に富むバイオマスなどの再生可能な資源から燃料や化学品、素材をつくるバイオリファイナリーでは、油と水を分ける工程が欠かせません。ところが著者らが指摘するように、バイオマスに元から含まれるタンパク質そのものが乳化剤のようにふるまうことがあります。タンパク質は水になじむ部分と油になじむ部分を併せ持つため、油と水の境界(界面)に吸着して油滴を細かく安定に水中へ分散させてしまうのです。こうしてできた安定な乳濁液(エマルション)は油の回収を難しくし、追加のエネルギーや薬剤を必要とし、処理されずに残れば油分を含む排水の問題にもつながる、と論文は説明しています。
この分離に有望とされるのが限外ろ過(UF)です。非常に細かい孔をもつ膜で油滴をこし取る方法で、比較的低エネルギーで薬剤も使いにくい点が利点とされます。しかし油滴が膜の表面に付着したり孔をふさいだり、堆積層(ケーク層)をつくったりする「膜ファウリング(目詰まり)」が起き、透過量が大きく落ちてしまいます。
研究チームが問題にしたのは、こうしたファウリングの仕組みが、タンパク質の場合には十分に分かっていないという点です。これまでの研究の多くは合成界面活性剤を対象にしてきました。著者らによれば、SDSのような合成のイオン性界面活性剤は常にほぼ完全に電離しており、実質的に電荷が一定の界面としてふるまいます。一方タンパク質は、周囲の環境に応じて自らの界面電荷を調節する性質(電荷調節)をもち、pHや塩分によって電荷も立体構造も界面での活性も大きく変わります。そのため合成界面活性剤で得られた知見をそのまま持ち込むことはできない、というのが本研究の出発点です。
何を、どのように調べたか
著者らは、モデル油としてナタネ油を選びました。ヨーロッパで大量に生産され、食品・バイオ燃料・工業用途で広く使われ、物理化学的な性質もよく調べられているためです。安定化剤となるタンパク質には、構造・電荷・両親媒性(水と油の両方へのなじみやすさ)の異なる三種類――乳清由来のβ-ラクトグロブリン、卵白由来のオボアルブミン、コラーゲンを分解して得られるゼラチン(タイプA)――を用いました。膜は、分画分子量およそ10 kDaの改質ポリエーテルスルホン(mPES)製の中空糸膜です。
研究は二部構成をとっています。前半では、エマルションそのものの性質を調べました。まず、界面張力(油と水の境界の張力。低いほど油滴が細かくちぎれやすく、安定な乳濁液ができやすい)の測定から、安定なエマルションをつくるのに必要なタンパク質の「しきい濃度」を決めています。これは、それ以上加えても界面張力がほとんど下がらなくなる飽和点にあたる濃度で、β-ラクトグロブリンで約0.09 g/L、オボアルブミンで2.0 g/L、ゼラチンで0.5 g/Lと報告されています。さらに、油滴の大きさ、膜表面での油滴の接触角(ぬれやすさの指標)、そして油水界面と膜表面それぞれのゼータ電位(界面が帯びている電荷の目安)を測定しました。
そのうえで、供給液のpHとイオン強度(塩濃度)を系統的に変えて、タンパク質の界面での性質がどう変わるかを追跡しています。あわせてDLVO理論にもとづく相互作用エネルギーの計算を行い、油滴どうし、あるいは油滴と膜のあいだに働く力の見取り図を描きました。
後半では、この知見をもとに実際のろ過実験を行っています。中空糸膜モジュールを四本並列に用い、膜間差圧3 bar、クロスフロー流速およそ0.18 m/sの条件で3時間のろ過を実施。透過流束の低下を繰り返しサイクルで追い、各サイクルのあとに水による物理洗浄と薬品洗浄を行って、目詰まりがどれだけ回復するか(可逆性)を評価しました。油の透過量と阻止率は、油に蛍光色素を溶かし込んで蛍光分析で定量しています。ただし著者らは、この阻止率の値は絶対的な油濃度としてではなく、タンパク質や条件のあいだの相対的な比較として解釈すべきだと明記しています。
報告された主な結果
pHについて、論文はタンパク質の電荷状態と膜への親和性を支配する要因だと報告しています。鍵になるのが等電点(pI)――タンパク質の正負の電荷が釣り合って正味ゼロになるpHです。pIから離れたpHではタンパク質は正か負に帯電し、反発しあうことで界面によく吸着し、界面張力が下がります。逆にpI付近では反発が失われ、タンパク質どうしが液中で固まる方向に働いて界面の被覆が薄くなり、界面張力は最大になります。β-ラクトグロブリンのエマルションではpIがpH約2.6と測定され、そこで界面張力は13.56 ± 0.26 mN/mと最大に、pH 10ではゼータ電位が約−44 mVまで負に振れ、界面張力はおよそ6 mN/mまで下がりました。
顕微鏡観察もこれと整合しています。pIから離れたpHでは油滴は個々に分かれた丸い形を保つ一方、pI付近では油滴どうしが接近して集合体をつくります。ただしその崩れ方はタンパク質ごとに異なり、オボアルブミンではpH約4.5付近で油滴が球形を失ってコロイド状の凝集体になり、ゼラチンではpH約8のpI付近でさらに大きな油滴の集合体が現れました。著者らは、これはゼラチンの分子量が大きく、厚いが電荷の弱い粘弾性的な界面膜をつくるためだと説明しています。つまり、電荷の中和がエマルションを不安定にする点は共通していても、その先の油滴レベルでの壊れ方は、電荷だけでなく界面膜の性質と分子の構造に左右されるということです。
ろ過実験では、こうした界面の性質がファウリングの現れ方に直結することが示されました。静電的な反発が強く働くpH条件では、透過流束の低下が緩やかになり、洗浄によって回復しやすい(可逆性の高い)ファウリングになります。一方、等電点近くで電荷が中和されたり引力が働いたりする条件では、より緻密なケーク層が形成されると報告されています。
イオン強度は別の経路で効きます。塩を加えると電荷の効果が遮蔽され、静電的な反発が弱まり、力の及ぶ距離も短くなります。その結果、油滴が分散したまま堆積していく状態から、凝集が支配するファウリングへと移り変わる、というのが著者らの報告です。
この研究が示すこと
この研究は、タンパク質で安定化した油水エマルションのろ過において、目詰まりの起こり方が偶然や運ではなく、供給液のpHと塩濃度という操作可能な条件を通じて系統的に説明できることを示しました。界面の性質の測定と相互作用エネルギーの計算、そして実際のろ過結果を一つの枠組みに結びつけた点が本研究の中心です。
著者らはこれを踏まえ、ファウリングの静電気的な制御を、バイオマス由来の原料を扱う新しい分離プロセスを設計するうえでの実践的な戦略として位置づけています。合成界面活性剤とは異なるタンパク質固有のふるまい――周囲に応じて自らの電荷を調節する性質――を正面から扱った点に、この報告の意義があります。
著者:Ali Zain Hameed(Department of Membrane Science and Technology, MESA+ Institute of Nanotechnology, University of Twente, Faculty of Science and Technology, P.O. Box 217, 7500 AE Enschede, the Netherlands)、A.J.B. Kemperman(Department of Membrane Science and Technology, MESA+ Institute of Nanotechnology, University of Twente, Faculty of Science and Technology, P.O. Box 217, 7500 AE Enschede, the Netherlands)、Frank Lipnizki(Department of Process and Life Science Engineering, Division of Chemical Engineering, Lund University, 22100, Lund, Sweden)、Wiebe M. de Vos(Department of Membrane Science and Technology, MESA+ Institute of Nanotechnology, University of Twente, Faculty of Science and Technology, P.O. Box 217, 7500 AE Enschede, the Netherlands)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ali Zain Hameed, A.J.B. Kemperman, Frank Lipnizki, et al. Electrostatic control of membrane fouling in ultrafiltration treatment of protein-stabilized oil/water emulsions. Journal of Membrane Science 2026-08-24. DOI: 10.1016/j.memsci.2026.126079. 原著ライセンス:CC BY.