著者の所属・活動拠点の国は、韓国です。
掲載誌:Horticultural Science and Technology
ライセンス: CC BY-NC 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
桃を選ぶとき、多くの人はまず甘さ(糖度)を目安にする。しかし、糖度計の数値がほぼ同じ桃でも、食べたときの印象がまったく違うことは珍しくない。今回紹介する研究は、韓国で新しく育成された3つのモモ品種「ファングィビ(Hwanggwibi)」「ソラ(Seola)」「ヤンホンジャン(Yanghongjang)」を対象に、通常の品質測定に加えて、果肉に含まれる糖やアミノ酸などの一次代謝産物、さらに香り成分(揮発性有機化合物、VOC)まで詳しく比べたものである。研究は韓国・国立園芸特作科学院と高麗大学の研究者らによって行われた。
研究チームは、韓国の農産物流通センターを通じて入手した3品種の果実(ファングィビとヤンホンジャンは陰城、ソラは全州の流通センター経由)を用いた。果実は流通品として入手されたため、正確な収穫日や産地の栽培条件までは把握できず、記録されているのは研究機関への「到着日」であるという点は著者らも限界として明記している。分析前には5℃の低温室で保管し、測定直前に約20℃で1日馴化させたうえで、重さ・糖度(SSC)・酸度(TA)・果皮の色・硬さといった基本的な品質項目を、1品種あたり果実10個で測定した。
糖度はほぼ同じでも、酸味・硬さ・香りは品種ごとにくっきり違った
まず基本の品質を比べると、糖度(SSC)は12.1〜12.6°Brixとほとんど差がなかった。ところが酸度(TA)は品種ごとに明確に異なり、ソラが0.66%と最も高く、ファングィビが0.58%、ヤンホンジャンが0.54%だった。この酸度の違いのために、糖度を酸度で割った「SSC/TA比」(甘みと酸味のバランスの目安)はヤンホンジャンで24.5と最も高く、ソラで19.3と最も低くなった。果肉の硬さもソラが39.7ニュートンと最も硬く、ヤンホンジャンは13.1ニュートンとかなり柔らかいという結果だった。果皮の色も、ソラは明るく黄緑がかった色、ヤンホンジャンは赤みの強い色、ファングィビはその中間的な黄橙色と、見た目からも品種差がはっきりしていた。
次に、果汁を使った一次代謝産物の分析(GC-MSという機器でおこなう手法)では、糖度の数値だけでは見えない違いが浮かび上がった。ソラはキナ酸・リンゴ酸・クエン酸といった有機酸やプロリン・グルタミン酸などのアミノ酸が相対的に多く、これは酸度が高いという測定結果とも一致していた。一方ヤンホンジャンはブドウ糖や果糖といった糖関連の成分が多く、糖度自体は同程度でもSSC/TA比が高くなった背景にはこうした糖組成の違いがあると考えられるという。統計的に品種の違いへの寄与が最も大きかった成分はソルビトール(糖アルコールの一種)であり、続いてブドウ糖やイノシトール、ガラクタル酸、ステアリン酸、パルミチン酸などが挙げられた。
さらに香り成分については、密閉容器に果実を入れてその場の空気(ヘッドスペース)を吸着チューブに集め、加熱して脱離させたのちGC-MSで分析する「TD-GC-MS」という手法が用いられた。標準品と照合して同定された成分のうち、D-リモネン、2-エチル-1-ヘキサノール、酢酸の3つは、品種による量の違いが統計的に確認された代表例として示されている。D-リモネン(柑橘系の香りを持つテルペン類)はヤンホンジャンで最も多く、2-エチル-1-ヘキサノールはソラで最も多くヤンホンジャンで最も少なかった。酢酸はファングィビとソラで比較的多く、ヤンホンジャンで少なかった。香り成分全体を見ると炭化水素類とエステル類が多くを占め、総量はファングィビで最も多く、ヤンホンジャンで最も少なかったという。
「基本品質」だけより「香りも合わせる」ほうが品種の見分けに有効だった
研究チームは、基本の品質データ、一次代謝産物データ、香り成分データ、そしてこれらを組み合わせたデータのそれぞれについて、統計的な手法(PERMANOVAやPLS-DAと呼ばれる多変量解析)を使い、3品種をどれだけきれいに区別できるかを比較した。その結果、基本品質データは品種間のばらつきの77.8%を説明できたが、予測性能を示すQ2という指標では0.885にとどまった。これに対し香り成分データは説明率68.6%、Q2は0.915とやや高く、基本品質と香り成分を組み合わせたデータでは説明率71.6%、Q2は0.963と、調べた中で最も高い予測性能を示した。つまり、基本の品質測定だけでも品種差はある程度説明できるが、香り成分の情報を加えることで、品種を見分ける精度がさらに高まったということになる。一方、一次代謝産物データ単独ではQ2が0.186と低く、他のデータほど品種の判別には向いていなかった。
この研究を読むうえでの注意点
著者らは、この結果をそのまま「品種を確実に見分けられるマーカーが見つかった」と受け取ることには慎重であるべきだとしている。理由は主に、果実が農家からではなく流通センター経由で入手されたため、正確な収穫日や栽培環境、収穫後の取り扱い履歴が完全にはわからないこと、そして分析が単一の生産年・単一のサンプルセットに基づいていることだ。また、多変量解析に用いたサンプル数も1品種あたり3反復と少なく、著者ら自身「探索的な結果であり確証的なものではない」と述べている。加えて、TD-GC-MSで検出された成分がすべて人の鼻で感じられる香りに直結するわけではなく、実際にどの成分が香りの印象に寄与しているかを調べるには官能評価などの追加検証が必要だとも指摘されている。
この研究は、糖度という一つの数値だけでは新品種のモモの個性を捉えきれないことを、具体的な酸度・硬さ・代謝産物・香り成分のデータで示した一例といえる。今回の結果はあくまで特定のサンプルセットにおける探索的な知見であり、今後、異なる年や産地の果実でも同様の傾向が見られるかを確かめる必要があると著者らは述べている。
著者:Y. Roh(Department of Plant Biotechnology, College of Life Sciences and Biotechnology, Korea University, Seoul 02841, Korea)、Jinhee Lee(Postharvest Technology Division , National Institute of Horticultural and Herbal Science , Rural Development Administration , Wanju 55365 , Korea)、Yeo Eun Yun(Postharvest Technology Division, National Institute of Horticultural and Herbal Science, Rural Development Administration, Wanju 55365, Korea)、Nayeong Kwon(Postharvest Technology Division, National Institute of Horticultural and Herbal Science, Rural Development Administration, Wanju 55365, Korea)、Sooyeon Lim(Postharvest Technology Division, National Institute of Horticultural and Herbal Science, Rural Development Administration, Wanju 55365, Korea)、Kang‐Mo Ku(Department of Plant Biotechnology, College of Life Sciences and Biotechnology, Korea University, Seoul 02841, Korea)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Y. Roh, Jinhee Lee, Yeo Eun Yun, et al. Comparative Evaluation of Routine Quality Traits, Primary Metabolites, and TD-GC-MS Volatile Profiles for Cultivar Discrimination in Newly Bred Peach (Prunus persica L.). ホーティカルチュラル・サイエンス・アンド・テクノロジー (2026). DOI: 10.7235/hort.20260027.